ぐるぐる回る何か。
スロ男
何もないほうが怖かった。
当時、私は無職であり、他はフリーターであったり、求職中であったり、何かと暇の多い奴らが揃っていて、そのうちの一人の、別宅と呼ばれる場所でたむろしていることが多かった。
別宅とはいっても、彼の実家のある敷地内にあり、下が車だかトラクターだかを置くスペースになっていて、その上が居住空間になっているという、そういう作りの、おそらく昔は農作業で使っていたのだろうと思われる建物だった。
私の町では昔は川の氾濫が多かったらしく、古くからの農家には揚げ舟という、いざというときにはそれで逃げるための舟を持つ家も多かった。友達のその別宅には、もう揚げ舟はなく、あったのは積まれた藁と折り畳まれた卓球台だけだったが、おそらく近くに遊水池ができるまでは、そこに舟も置かれていたのだろうと、ありありと想像できた。
なにせ彼の家は土手のすぐ近くで、細い通りのどん詰まりにあるような家だった。厳密にいえば、もう一件奥にあったらしいが、街灯などもなく、大した距離ではないけれど、そこそこの道を外れてこの家へ来るまでのわずかな距離が、闇が深すぎて怖いぐらいのものだった。
その別宅だが、他の友達が通販で買ったパチスロ機なども置いてあったし、ボードゲームなどもあったし、ゲーム機にはことかかなかった。なにしろその別宅の主は、ゲームセンターにあるのと同じゲームができるというのがウリの、本体の値段も高けりゃ、ソフトも高いという、普通の奴なら手を出さないゲーム機すら購入するようなゲームバカだった。溜まり場になるべくしてなったといえよう。
その日は、確かル・マン24時間耐久のレースゲームを、本当に24時間やりきろうとか、そういう馬鹿げた趣旨の集まりだったと記憶している。私は元々ゲームがあまり上手くないこともあり、大抵漫画を読んでいたりパチスロをいじったりしていたのだが、その時ばかりは流石に数時間ぐらいは担当しないわけにはいかなかった。
草木が眠る時刻になっても当然ゲームは続行されていて、だというのに買い置きのジュースは心許なかった。それに大体残っているのも炭酸飲料ばかりで、私は缶コーヒーに焦がれた。
「おい、N、確か通りに出たら自販機あったよな?」
「あるよ、暗いから気をつけていってきな」
私と同じ喫煙者であるGがついてくることになり、煙草を吹かしながら暗く細い道を歩いた。
道というよりも、建物と建物の間の隙間のようなものである。垣根は高く、すぐそばにいるはずのGの表情すらおぼつかない。
土手の向こうにある川のせせらぎが聞こえるほどではないが、別宅の敷地を出た時にはドブ川だかの水の流れる音が聞こえた。
暗えな、怖くね、などと笑いながら細い道を抜け、そこそこの通りに出ると街灯があった。虫の声と蛙の声がひっきりなしにしていて、たどり着いた自販機には外といわず中といわず、びっしりとツマグロヨコバイが張り付いていた。
田舎の自販機なんて、ましてや路地に放置されているような自販機なんてこんなもので、時にアマガエルがサンプルと一緒に並んでいたりする。蛙の生死に頓着するようでは、田舎では生きていけない。とはいえ、生死に関わらないのはわかっていても、でかい蛾が張り付いていたりすると怖気がたつものだが……その時は、無事に缶コーヒーを入手できた。
私とGで両手に一缶ずつ冷たい缶コーヒーを持って、元来た道を戻る。明るい街灯に慣れた目には、来た時以上にその細い路地は暗く、いや黒く見えた。
「怖いな」
「黄泉へ続く道みたいだ」
距離にしたら、わずか数百メートル足らず。よろけて垣根に肩をぶつけたりしながら別宅へと辿り着こうとした時、Gが「あ」といった。
別宅の敷地に入る、ほんとうに手前。ドブ川のせせらぎが聞こえるその場所で、暗闇の中、ぐるぐると回転する植物があった。
高さは精々10センチ足らず。
根元のほうに川の流れがあるわけでもなく、風にさらされているでもないのに、ものすごい勢いでくるくると回転する、名前もわからない葉を付けた茎。
「なんかすごい勢いだな」
「なんで動いてるんだろ……」
数秒その動きを観察したあと、何事もなかったように私とGは別宅へ戻った。
なんかさー、さっきものすげえ勢いで草がぐるぐるしてたんだよー!
なにそれ、バカじゃねえの。
翌朝、まだゲームと格闘する奴と、すっかり寝こけている奴を置いて、私は煙草を吸いながら外へ出た。起きがけの缶コーヒーが飲みたかったのだ。
ぐるぐると回る草があった場所には、それらしい丈のものはなく、勿論ドブの流れも大分下のほうにあるようだった。
一体あれはなんだったんだろう、とふとしたときに思い出すが、怖いという気持は自分にはまったくなく、何事も起きずなんでもないただの闇のほうが、よっぽど怖かったことだけは間違いないのだ。
ぐるぐる回る何か。 スロ男 @SSSS_Slotman
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