第6話 これからも

 私が竜国に来てから、1年半が経ちました。


 もっと竜のことが知りたい。


 そう願っていた私はいま、竜と一緒に暮らしています。



 祖国で竜研究をしていた頃からは考えられないくらい、充実した生活を送っていました。



 なぜならこの国には──竜がたくさんいるから!!



「しかも、推しの竜と一緒にいられるなんて……!」


 ベッドで寝ている彼へと視線を向ける。


 長年、会いたいと願っていた黒竜様が、すぐ目の前にいるのだ。


 最高すぎる!


 しかもその黒竜様が、小さい頃から一緒に育った助手のアイザックだったなんて、いまでも信じられない。

 アイザックほど心を許せる相手なんて、この世には存在しないのだから。



「ねえ、あなたもそう思うわよね?」


 私は腕に抱いている赤ん坊に声をかけます。

 すると、きゃっきゃと反応しました。


「アイラもそう思うみたいね」


 この子は、アイザックに似て黒髪をしている。

 お父さん似になれば、きっとかなりの美少女に育つことでしょう。


「見た目は人間にしか見えないのに、竜の血が半分流れているのよね」



 アイルが愛おしすぎて、涙が出てしまいそう。

 私とアイザックの結晶が、こうしてこの世に生を受けている。


 そのことが、たまらなく嬉しかった。



 とはいえ、まさか自分が、竜の子供を生むことになるとは思わなかった。



 でもある意味、私らしいともいえる。

 だって私の人生には、竜研究しかなかったから。


 竜のことが好きすぎて、守護竜である黒竜様と結婚して、しまいには竜国の王妃になってしまった。


 いまでは新しく王として即位したアイザックのことを支えながら、竜国の王妃としてふさわしいよう毎日勉強をしています。


 その間に娘のアイルのお世話をして、最後に残った時間で竜研究をしている。


 そのせいで、物心ついた頃から毎日、一日中していた竜研究が忙しすぎてなかなかできないでいます。


 知らない土地で王妃になってしまったのだから、自分の趣味を楽しむ時間がないのは仕方がないことだと思う。


 だから私は、寝る間を惜しんで竜研究をすることにした。



 メイドを呼んで、アイラの面倒を見てもらう。

 そして、寝室にはルシルとアイザックの二人だけになった。



「また研究をしているのか?」


「ア、アイザック!? 起きてたの?」


 人にしてはあまりにも整った顔が、いつのまにか私のことを見つめていた。

 いきなりのことで、つい驚いてしまう。


 今日も黒髪が綺麗だと、触りたくなる衝動を抑えるので精一杯だ。

 見慣れているはずなのに、いつ見てもまったく飽きることがない。


 いつからだっただろう。

 竜の姿ではないアイザックを前にすると、心臓がドキドキするようになったのは。

 彼の子供を生んだとはいえ、いまだに彼の前ではこうなってしまう自分がいる。



「ねえアイザック。たまには竜の姿になってくれない?」


 恥ずかしがっていることを悟られないために、竜になって欲しいとお願いをしてみる。


 黒竜となった彼の前であれば、もう恥ずかしくもなんともない。

 興奮した自分の痴態は、黒竜の前で何度も見せてしまったのだから。



「……一昨日、竜の姿を見せたばかりだろう」


「もう二日も経っているじゃない。我慢できないの」



 アイザックの──黒竜様のうろこは、完璧だ。


 黒竜にふさわしい艶のある鱗は、どんな攻撃をも跳ね返す強靭な硬度を誇っている。

 それでいてしなやかで、柔軟性もあるのだ。


 この鱗の成分を解明すれば、きっと日常生活で大いに役立ってくれるはず。



 そう思って、アイザックと結婚してから、毎日のように研究させてもらった。


 本当であれば、王妃としての責務で研究なんてする暇はなかったはず。

 だけどアイザックは、私のために王妃がするはずだった仕事まで受け持ってくれていた。



 ──助手時代からテキパキ仕事をして、出来る男だとは思っていたけど、まさかここまでとはね。


 アイザックの心遣いが嬉しい反面、申し訳ないという気持ちも湧きあがってくる。

 だから私なりに、アイザックに恩返しをするつもりなの。


 その準備が、昨日ついに終わった。



「まさか、また俺の鱗が欲しいのか……?」


「そんなことはしないわよ。アイザックが痛い思いをするのは、もうこりごりだから。それに、もうする必要はないわ」


 机の中に大事にしまっていた研究成果を、アイザックに見せつける。


「これ、アイザックの鱗の模倣品なの」


「俺の鱗の、模倣品だと……?」


 唖然あぜんとするアイザック。

 うん、いつもの反応ね。


 私の研究助手であるアイザックにこうやって研究結果を伝えるのは、10年以上続けていることでもある。


「まだ試作品だけど、これが完成すれば世界が変わるわ」


 鉄よりも硬く、そして軽い、新しい素材。


 そんな物が世に出回れば、きっといろんなことが便利になる。



「私はね、竜を研究して、みんなを幸せにしたいの」



 祖国にいる時は、竜のことが知れればそれで良いと思っていた。


 でも、いまは違う。


 王妃になった以上、私も国の民のために、良いことをしたい。


 そう思って新しく挑んだ研究だったけど、それがついに花開いた。

 1年以上かかってしまったけど、アイザックの手助けがなければもっとかかっていたはずだ。



「たしかにこれは凄いな。竜以外の種族の民がこれを使えるようになれば、いろいろな道具に加工して活用できそうだ」


 アイザックの顔つきが、夫婦のものから王へと変化した。

 この鱗の模倣品をどう利用するか、考えているのでしょう。



「ルシルは凄いな。こんな物まで作ってしまうんだから」


「民のことを思えば、これくらい朝飯前よ。それに、私は竜のことが好きだから」



 私の発言を聞いたアイザックが、王の顔つきから恋人を見つめるような優しい眼差しへと変わりました。



「ルシルは、竜が本当に好きだな」


「え、そうだけど」


「竜が好きなルシルのことを、俺は愛している。だから竜の姿である俺を好んでくれるのは嬉しいのだが、そうではない人の姿の俺のことを同じくらい好きなって欲しい」


「なに……もしかして、嫉妬しているの?」



 私が、竜の姿になって欲しいと言っているから。

 アイザックは自分の竜の姿に、嫉妬してしまっているのだ。


 

 いつもクールぶっている完璧超人のアイザックのその反応が、なんだか愛おしく思えてしまう。


 本当は、人の姿のアイザックもたまらなく愛しい。

 でもそれがバレてしまうのは、私としてもちょっと恥ずかしい。


 とはいえ、私たちは夫婦になったのだ。


 そろそろもう一歩、奥へと踏み込んでみても良いのかもしれない。



「アイザックのことを研究させてって言ったの、覚えている?」


「ああ、覚えているとも」


「なら、竜が人の姿をどう維持しているのか、その体もしっかりと研究しないといけないわね」


 自然と、二人の顔が近づいていく。

 そして自然と指が絡み合った。


 自分の体温が急激に上がっていくのがわかる。


 きっといまの私は、竜の姿のアイザックを前にした時と、まったく同じ顔をしていることだろう。



「ねえ、いいでしょ……?」


「ルシルから竜研究を取り除くことができないのはよく知っているさ。そして俺は、そんなルシルを愛している」


「ふふっ、私も……いつも私のことを支えてくれるアイザックのことを、愛しているわ」


 私の竜研究は──いいえ、私たちの竜研究は、これからもずっと続いていく。


 だって私は、竜が好きだから。



 そんな私の傍には、変わらずこの人がいてくれる。


 最愛の夫であり、助手であるアイザック。



 これまでも、そしてこれからも。


 二人で一緒に、ずっと竜を研究するのだ。

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婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ 水無瀬 @minaseminase

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