お盆になりましたので

たんぜべ なた。

カルピスの思い出

  お天道様は燦然と輝き、照り返されたアスファルトは今にも溶けようかという勢いで、ジリジリと焼けている。

 林立するビル群からは、自身の内部を冷却した結果、溢れかえるばかりとなった熱風をただただ垂れ流す送風機のけたたましい音。

 行き交う人の多くは手に持ったハンカチで、纏わりついた汗を拭ってはため息を付いている。

 日傘や帽子にしても、日差しは幾分遮ってみせるが、漂う湿気を退けることが出来ず、肌を舐め回すような湿度に人々も辟易している。

 行き交う自動車にしてみても、クーラーの効いているデートカーならいざ知らず、配達物を背負った軽貨物などは、それこそ窓を全開にし、首にかけた汗拭きタオルで何度も顔を拭いつつ、渋滞が早く解消しないかと苛立つ運ちゃんが乗っている。

 実際、車に乗り込んだ直後に気休め程度のクーラーを効かせてみれば、出だしの熱風に思わず窓を全開にしてしまう季節。

 そう、夏である。

 日焼け止めやサングラスが飛ぶように売れまくり、アイスにかき氷、飲料水全般にスカッと爽やか!炭酸飲料が爆売れし始める、がやって来やがった!


 昔は海パン持って、プールじゃ!海じゃ!と繰り出していたものの、最近は大きく育った下腹を人様の眼前にさらすのはとして憚られることもあり、すっかり水遊びはご無沙汰となってしまった。

 夏山登山も趣味の一つに持っていたが、昨今の酷暑の影響もあり、冬山遭難ならぬ夏山遭難という笑えない事態も発生してきた。

 まぁ、滑落事故は昔から有ったものの、熱中症で身動きが取れなくなり、そのまま脱水症状を起こして…などという笑えない事態が増えてきている。

 おまけに「夏山に登るのだから…」と軽い気持ちと軽装で出かけていく人も多く、それこそ熱中症に起因する夏山遭難というイベントに拍車がかかってしまうのだ。

 そして、私も寄る年波に勝てるわけもなく、自ずと登山からも足が遠のくのであった。


 茹だるような夏が開幕してから二週間程度、蝉時雨の主役がクマゼミからツクツクホーシに変わり、酷暑の厳しい昨今であるにも関わらず、朝晩には秋が忍び寄ってき始めた今日この頃…。

 お盆休みが始まってしまいましたね。

 運転中の車内に流れるラジオに耳をすませば、懐メロとともにもたらされる、首都圏を始めとする高速道路等の道路渋滞情報のご案内…渋滞時間のアナウンスにウンザリするのも、この時期ならではの風物詩。

 良くも悪くもが始まれば、否が応でも気分が盛り上がるというものですね。

 そんでもって、帰省した先に待ち構えているものといえば、祖父母を始めとする親戚筋の集まりであったり、家族団らんであったり、まさに悲喜こもごもの世界が広がっています。

 そしてこの時期に忘れてはならないイベントの一つに『お中元』というものがあります。

 残念ながら貧乏契約社員である私は、ついぞ『お中元』を送るような機会に恵まれることはありませんでしたが、『お中元』というものは子どもの時分には大変楽しみなイベントでも有りました。


 さて、お中元贈答の品々と言えば、避暑を連想させる物が多く、ゼリーであったり、水ようかんであったり、生八ツ橋や赤福も有りましたねぇ。

 そういえばソウメンやソバなど、冷麺勢の束が飛び交うのもこの時期ならではの風物詩だったようにも思います。


 そんな中、子供たちの心を鷲掴みする『お中元の贈答品』が存在していました。

 その名は『カルピス』!

 そう、カルピスウォーターに始まりカルピスソーダーに至る、あの一連の清涼飲料水群の事です。

 今ではコンビニは勿論、自販機でも普通に手に入るな飲料水なのですが、私が子供の頃は、なかなか手の届き難い飲料水でした。


 では、お中元の『カルピス』とは、如何なるものなのでしょうか?

 実は、ここで登場する『カルピス』とは、『カルピス原液』の事を指しています。


「『カルピス原液』など、何するものぞ?」と仰る方も多いでしょう。

 興味本位で今年の『お中元カルピス』をメーカーサイトで検索したところ、出てくるものはとしてのカルピスばかりで、原液を見かけることはありませんでした。

 因みに、原液も発見できたのですが、紙パック包装で『業務用』のカテゴリーに収まっている始末…この現実に、軽い目眩を禁じ得ない私。


 さて、話題が逸れたので軌道修正をしましょう。

 カルピスと言えば、言わずと知れた清涼飲料水の雄です。

 この点に関しては、今も昔も変わるものでは無く、私の子どもの時分は、その入手性の困難さも手伝い、お友達の家で供されることにでもなれば「〇〇君ってお金持ちなんだねぇ!」と言わしめる有り様でした。

 乳白色の液体に浮かぶ氷、ストローを回せばカラカラとコップと氷の打ち当たる音に、風鈴のような風情を感じつつ、目と耳で存分に楽しむ。

 ストローを口に含めば、仄かな甘い香りが鼻腔を擽り、勢いよく吸い上げれば、あの独特の乳酸と甘みが口いっぱいに広がり、目が合った友達と思わずニヤけてしまいます。

 どんなに些細な事でも、その瞬間から全ての世界が色鮮やかに変化させてしまう!それ程までに、カルピスという飲み物の存在は、我々を魅了していたのです。


 そんな『カルピス』の原液が詰まったビンなどは、存在そのものが眼前に置かれたお中元ボックスにあっては燦然と輝き、鎮座されておられ、この情景を見て「夢中にならないほうがどうかしている!」と言わしめるほどに、私達にとっては垂涎の贈答品だったのです。


 『原液』というわけなので、そのまま飲むシロモノではありません、『希釈』してから頂く飲み物なのです。

 というわけで、原液の配分量が水に対して多ければ多いほど、濃厚で甘いカルピスが出来上がり、原液の配分量が水に対して少なければ少ないほど、酸味が強くて薄味のカルピスが出来上がるという寸法です。

 カルピスの原液は『750ml入ビン』に収められており、濃厚で甘いカルピスを得ることは、同時にカルピスの飲料機会を失っていくことに繋がるわけです、当たり前っちゃ、当たり前の話ですな。

 さて、先にも述べた通り、当時のカルピスは来客向けにも振る舞われることが多い飲み物でしたので、その観点からすれば、『少しでも長く利用したい』と思うのが人の心というものでありまして、せめてお盆期間中の来客分までは当該カルピスで間に合わせたいと考えてしまうわけですね。


 従って、親が子供に渡すカルピスに置いては、ギリギリ水に色が付く程度のカルピスが提供されてくるわけでして、お味と言えば、乳酸の酸っぱさのみが目立つ、甘みなど皆無に等しいカルピスが出来上がってしまうわけです…当然の事ながら、原液の投入量などはお察しということになるわけですね。

 不味いカルピスを飲めないと駄々を捏ねれば、いよいよカルピスを遠ざける結果となるために、歯痒い気持ちを押し殺し「美味しいねぇ!」と愛想笑いを浮かべる子ども時代の私。

 というわけで、両親や親戚の目を掻い潜り、いかにして『濃厚で甘いカルピス』を口中…もとい掌中に収められるか?その心理戦も帰省の醍醐味になりました。

 因みに、当時の『カルピスのお中元』セットに含まれていた原液の種類は、私の怪しい記憶を辿ったところによれば、ノーマル原液が二本に、オレンジ味の原液と巨峰味の原液が各一本づつが箱に収まっていたように思います。

 オレンジ味は、まあともかくとしても、ではなくというところが、この贈答品の肝になっていたように思います。


 先程も触れた通り、カルピスはお客様をお迎えする際に、提供される飲み物であり、まして果汁系カルピスには果実を連想させる色も付き、コップに注がれたカルピスは見た目にも美味しさを想起させ、飲み手の趣向を唆るのです。

 故に、果汁系カルピスはお客様向けに重宝される傾向が有りましたので、そちらは切り捨てて、ノーマル原液の中身をいかにしてチョロまかすのか?その一点に全霊を賭ける日々が展開するのでした。

 

 お盆の期間というのは有っても四日ないしは五日程度だったのではありますが、何せ来客が多くなるのも『お盆』という時期の特徴であり、結果として、カルピスは消費されていき、お盆の終了とともにカルピスのビンも空になってしまうのです。

 そして、帰省は終わり、私達は日常に帰っていたわけですね。


 今となっては「『お盆休み』は10連休!」という話もよく聞くようになりましたし、「お盆は海外で!」に始まるリア充の皆様御用達の休暇満喫旅行家族サービスが大手を振って闊歩する事も多くなり、「お盆だから帰省する」という話を聞くこともめっきり減りました。

 『お中元』もそうですが、『暑中見舞い』や『残暑見舞い』を送るような風習もすっかり鳴りを潜めたようで、デパートは勿論、郵便局も売上が大幅減少して「大変だぁ!」とオオハシャギシていた話題も、聞いて久しくなりました。

 翻って考えてみれば、団塊・核家族を生み出した次の世代が親となってしまい、希薄になってしまった家庭関係の縮図は、家族・親族関係の分断をもたらし、もって社会の総希薄化による弊害 (隣の人は何するヒトぞ?)を通して、このような事態を招いているのかも知れません。

 

 何だかカルピス一杯の味が濃いだ薄いだで盛り上がっていた話が、えげつない方面に進んでしまい、作者も少々当惑気味ではありますが。

 しかし、日本の古き良き文化については、いずれ再興される日が訪れるのではないかと期待しています。

 何せ『大正ロマン』やら『昭和レトロ』という物は、言葉から来る哀愁と、出来上がった風景が醸し出す望郷の念は、人々を過去へ誘うイベントそのモノですからね。


 『お中元のカルピス』の内容物が『原液』から『清涼飲料水』に変化したことも、或いは『お中元』に囚われないモノの売り方、マーケティングの変化があったのかも知れませんし、将来の姿の中には、『原液』贈答品の復活もあるかも知れませんね。

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お盆になりましたので たんぜべ なた。 @nabedon2022

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