思わず面白くて日付も確認せず……
2022年の1話から読みはじめましたが、気づけば“男さん”という語り手の息づかいにそっと寄り添いながら読み進めているような、不思議な心地よさに包まれました。
夫婦の軽やかなやり取りに始まり、季節の移ろい、家族の老い、病、そして別れへと続いていく日々の記録。どの話も大げさな語りはなく、ただ静かに綴られているだけなのに、読み終えると胸の奥にあたたかな余韻が残ります。まるで、柔らかな光がそっと差し込んでくるようなエッセイです。
季節の描写はどれも繊細で、彼岸花や東雲、黄昏、ナツアカネ……その一つひとつが、男さんの暮らしの中にある小さな風景をやさしく照らし出してくれます。読んでいるだけで、肌に風が触れるような感覚がありました。
親のガン、義父母の介護、叔母の死といった重い出来事に触れる回では、感情を押しつけることなく、静かに、誠実に向き合う姿勢が胸に響きます。淡々とした語り口だからこそ、言葉の奥にある思いが深く伝わってきました。
どのエッセイにも、“男さん”という人物の魅力が自然と滲み出ています。自分を笑える軽やかさ、家族を思うまなざし、自然とともに暮らす穏やかさ、そして弱さを隠さない正直さ。そのすべてが文章の底に静かに流れていて、読むほどに親しみが増していきます。
派手な事件は起きないのに、読み終えると「人が生きるって、こんなにもあたたかいものなんだ」と思わせてくれる。そんな稀有なエッセイ集でした。次の話では、またどんな静かな物語が待っているのか、そっと楽しみにしています。