とあるアンドロイドの話

2度目の大きな戦争の終結後。マーチェスターにあるとある公園の昼下がり。

 一体の薄汚れたアンドロイドがうつむき、公園のベンチに腰をかけている。

 真っ白な蝶を追いかけていた少女がその前で足を止める。


「アンドロイドさん、何を見てるの?」


 そのアンドロイドの膝の上に手を置いて顔を近づける。

 この辺りでは見ないタイプのアンドロイドに少女は興味を示した。


「特に何も見てませんよ」


 人で言う目にあたる部分。視覚センサーは暗く、色が灯っていない。


「ふーん。お名前は?」


 遠くに飛んで行った蝶を名残惜しげに見送った少女はアンドロイドに向き直り、問いを投げかけた。


「そんなものありませんよ」


 声音は小さく、問われた質問に対して事務的に返しているようだ。


「うそ!名前の無い人なんていないわ!」

 その様なつまらない反応に少女は憤りを感じて声が大きくなる。

 錆びた金属の擦れる音が鳴り、アンドロイドがようやく少女の方へと顔を向ける。


「はぁ……。そうですね」


 左胸部の削り取られた様なキズにアンドロイドは触れた。

 少しの間があり、少女の問いに答える。


「名前というのか分かりませんが。ANDROID type Guardian Mlitarised Machine Mod Battle Rulerと言うのが私の製品名ですね」


 突然の呪文の様な羅列に少女は首を傾げた。


「……? そんな長いの覚えらんない!」


 バシバシとアンドロイドの腿部分を叩く。


「では好きに呼んでください」


 アンドロイドは特に反応も示さない。


「うーん……そうね……もっと短くして……」


 暫く頭を捻りうんうんと唸っていた少女の顔がぱっと明るくなる。


「じゃあガミマル!ガミマルがいいわ!」


「ガ…?!」


 アンドロイドの処理能力でも、この少女の答えはあまりにも予想外だった様だ。

 驚いた様に体を少しだけだが仰け反らせる。


「私のレターメイトが飼ってるワンちゃんと同じ名前! 悪いことをするとすぐガミガミ怒るからガミ丸っていうの!」


 アンドロイドは固まっている。どうやらフリーズ状態の様だ。


「は……はは」


 小さく声を発する。呆れた様な、諦めた様な。


「嫌?」


 そう、少女が聞くが、その後のアンドロイドの笑い声にかき消された。


「ははははは!! いいですね! 今日から本機の名前はガミマルです!」


 ほとんどガミマルの膝に乗る様な体勢だった少女を持ち上げてガミマルは立ち上がり、ベンチの傍にゆっくりと下ろした。

 そしてゆっくりと歩き出し、徐々に歩みを早めていく。


「あ! どこに行くの?」


 少し少女は追いかけようとするが。自身の倍以上ある体躯のスピードには追いつかないと悟ったのか、追うのをやめる。


「ありがとうお嬢さん! 私はこれから世界中、色々な所へ行きます! またどこかで会えたら是非お礼をさせてください!」


 振り返ったガミマルの視覚センサーには先ほどまで暗い虚だったが、今は青い光が灯っていた。


「変なの! また会おうねー!!」


 少女が大きく手を振る。それに応える様にガミマルも手を挙げて返す。


 ーー本機はこの日を忘れることはないだろう。

 

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違法軍事アンドロイドが感情を手に入れるまでに必要なたった一つの大切な事 記録媒体No.-- @gamimaru

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