第22話 付与スタンプ
「これは、また……新機軸だな」
指導役の冒険者たちとの顔合わせの日の朝、なんというか付与スタンプができてしまった。魔法銀を混ぜた合金を土台に、筆記魔法──グラマーを鏡文字で彫りこんだものである。
魔力で対象に文字を焼きつけると他に使えないので、数回だけ効果が発動するものを用意した。
あらかじめ付与する効果を用意して、その場限りで簡易付与を行うことができる。理論上は。
微調整をしてぼくは部屋を出た。
「おはようございます、若。今起こしに行こうかと思っていたところでした」
「ああ、おはよう、ソフィー。何か飲むものをくれ。あとルレイアはいるか?」
お茶と一緒にルレイアが入ってくる。
出されたお茶を一口。
「──来たか。あれができたぞ」
「何がですか?」小首を傾げるルレイア。
「スタンプ付与の魔導具だ」
「え」
「だから、スタンプ付与の魔導具だ」
「いや、ちょっと何を言ってるのかわからないです」
「あ、スタンプがわからんのか。なんといったもんかな」
ルレイアが木片を持っている。珍しくもない端材である。
「そこにインクがあるから、とりあえず名前でも書いてみろ」
「はあ」と気の抜けた返事をして名前を書くルレイア。
「次にその書いた名前を彫るんだ」
まんま彫刻刀のような工具を渡す。
刃の部分に硬化の付与がしてあるもので、それなりに高価である、両親がくれたものだ。
数分間格闘しつつ彫り上げる。
「見せてみろ──まぁ大丈夫だろう」
インクをべったりつけて紙をのせると馬煉代わりの端材でこする。
ゆっくりと紙をはがすして見せると。
「へぇー、名前がうつるんですね」
正確には名前を彫ったから、彫った名前以外のインクがうつったのであるが。
「これが印刷だな。文字以外のスペースを彫ってやるんだ。そうすりゃ文字についたインクが捺されるわけだ。元となるものを彫れば何枚でも簡易に複製可能なわけだ」
「これが──」
「ハンコ、スタンプ、印刷技術だな。彫る時は鏡文字で彫らなきゃこうなってしまうのだが」
ひっくり返った文字を見てぼくは笑う。
説明不足だった。
「それで……これが何ですか?」
説明不足だった。
あの日、ルレイアが言ってたのは焼印のことだった。印には変わらないが、焼印は物騒だったから、ぼくの発想にはなかった。
なんとなく犯罪者か牛に捺すイメージだ。
ぼくらは中庭──ではなく、店舗の横の空きスペースへ移動する。
それなりに広く前世なら駐車場だ。マイクロバスなら数台入るぐらいには広い。
「ここのスペースは勿体ないな。ドッグランに改装して、トレーニングスペース兼用にでもしようか」
そうだなぁ、芝をひいて、壁を立てる。でも風は抜けるようにしたいよな。
「ドッグランとは」
「犬たちが散歩以外でも走り回るスペースがありゃいいんじゃないか」
「ではそのようにいたしましょう」
「……話が早くて助かるよ」
シーラは犬たちに少し甘い。
そんなことより。
スタンプ魔導具の性能実験である。シーラ、アルガス、ルレイアと庭に出て的を立てる。木の板でつくった簡単なものだ。
「まずは、この短弓を使う。あ、そうだ、お前が射ってみるか?」
「はい、あんまり上手くないですけど」
「当たりゃあいい」
「何か変わった弓ですね」
ルレイアが弓を引き絞る。
キリキリと音を立てている。
射った──空気を切る音に遅れて軽いカツンと的に当たる音がする。
見ると矢尻がギリギリ埋まるぐらい刺さっている。
「ふむ、まぁこんなもんか」
刺さった矢を抜きながら呟く。
的の後ろにもう一つ的を立てた。
「ししょー、なんですかこの弓は」
「複合素材の短弓だが?」
「なにか、ずっと引くのが楽なような……」
あ、滑車がついたコンパウンドボウは前世のやつか。
「まあ、これはまだ開発中の弓だから気にするな」
「ソナタ様は武具の開発もされるのですか」
「春に向けて必要になりそうなものだけな」
とりあえず誤魔化しながら続ける。
「──まぁいい、コレは風の付与をするスタンプ魔導具だ。向きがあるからぼくがするが、簡単なものだ」
矢尻に魔力をこめてスタンプを捺す。すると、一瞬、矢尻に文字が浮かびあがる。パッと見魔法陣に見えるそれは淡い光を一瞬灯して消えた。
「よし、次はこれを射ってみろ」
ルレイアが再び弓を引き絞る。
同じくキリキリと音を立てている。
射った──空気を切る音は一射目より鋭く、やはり遅れて軽いカツンと的に当たる音が二回する。
二回目の音は一つ目の的を貫通し後ろに立てた的に刺さる音。
「こんなものか」
「これはスゴいですね。わたしにもできますか?」
「次はぼくが射ってみるか。向きがあるので注意しろ」
再び矢尻に文字が浮かび、付与完了。
引き絞って、射る──あっさりと貫通する。
「……成功だな」
「これは、なんてものをおつくりになったんですか」とシーラとアルガスが若干引いている。
思ってより上手くいったな。どのくらい使えるかはわからないが、彫った部分が欠けなきゃ大丈夫だろうな。
「あ、そうだ、アルガス、つぎは剣で試すぞ」
腰からすらりと剣を抜くアルガス。その、剣の先端に捺す。淡い光の魔法陣もどき。
「よし、振ってみろ」
「こ、これは──」
「振り抜きが良くなったろ?」
風による加速の効果の付与を試してみたが、他にもいけそうだ。
相性がいいのは属性付与だろうな。
「若、これを……どうしますか?」
「どう、というのは」
「確実に売れます」
妙に力のこもった声だった。
「いや、これは秘匿案件だな」
「ではそのようにいたしましょう」どこかホッとした声のシーラに「うむ」とうなずく。
「但し、いざというときのために性能実験はしておくべきかと思います」
「まぁ、そうだよなぁ」
万一ばれたらリリーズ家に伝わる魔導具ということにしよう。
その辺りはいずれ考えておかなきゃならないな。
「若、この剣に永続的な同じ付与をしていただけますか。この疾さで振れるなら、まだ、現役でいけそうです」
やめろ、無理だ。
ぶんぶんと嬉しそうに剣を振り回すアルガスに答えず黙殺した。
滅法マイライフ 餅木 うどん @marukome13
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