第21話 魔法陣と筆記と刻印
「こいつは……優秀だな」
ガリア候から送られてきた犬──カリューは非常に優秀だった。
言うことは聞く上に自分で考えられる知能がある。
ぼくの特製ドッグフードもジャーキーも口に合うらしい。ホントによかったと思う。
「ドッグフードと言いましたか。ガリア侯から定期購入が決まったようで何よりです」
「作るのは割と手間が掛かっているんだがな。ま、多少は吹っ掛けても構わんだろう」
「虫除けと虫刺されの薬はまだ売れていますが、日焼け止めはそろそろ売り上げが落ちてきていますね」
「思ったよりは売れたが、別のものでもつくるか」
「そうですね、最近は黒字になってはいますが、ケアクリーム売上が入るのは、販売が軌道に乗ってからです。秋口までは何か別のものを売りにした方がよろしいでしょう」
シーラとともに商品開発の打ち合わせである。
北の夏は短いというが、最近では朝夕はだいぶ涼しくなってきている。
とりあえずといった感じで身体も鍛え始めたものの、まずは基礎体力の向上からなのだ。
というか、外で運動だけでは収入がなくなってしまう。
うちはぼくが稼がねばならんのだ。
店は相変わらず閑古鳥が鳴いている。
つくったものをどこかへ卸すのはいいが、何故客が来ないのだろう?
春、雪解けを待って精霊に会いに行くことにしたわけだが。
一から身体を鍛え直さなきゃならない。これでも貴人の血が入っているのだ。幸いにして剣術と馬術の基礎は教わっている。
今世のぼくは小器用で大抵のことは卒なくこなせる自信はある。
アルガスは元騎士である。身体の鍛え方はよく知っているだろう。
が、まずは基礎体力の向上を目指している。
が、よくよく考えてみると、対人戦闘の技術よりも、必要なのはサバイバル技術なのではと思い始めてきた。
身を守ることは前提で、山を越えるための体力と無駄な戦闘を避けるための技術。周囲の魔物や野生動物に見つからずに、逆に先に見つけるための技術が欲しい。
「では、狩人か斥候をしている冒険者を雇うのはいかがですかな」
「人選は任せよう。ルレイアはともかく、ぼくはそこまで時間はとれんが、目安は春までにはなんとか使える程度になりたいものだ」
何度か挑戦したっていい。命には賭け時ってのがあるのだけれども。
それはきっとここじゃない。
ぼくたちを鍛えることとなったベテラン冒険者たちは斥候二人、魔法使いが一人、戦士が一人の四人パーティーらしい。
斥候が二人というのはどうなのだ、と思わなくもないが、片方は弓をもう一人は軽戦士をそれぞれ兼任しているという。
数日後に顔合わせを予定しているのだが、会うのが楽しみだ。
今日のルレイアへの授業は魔法陣の話である。
魔法陣は、いわゆる結界を思い浮かべてくれればいい。
「──魔法陣の基本形は円。内と外を分けるものと考えろ」
内側の気配を消す──隠蔽効果。
囲った外側から認識されにくくなるという結界。
「ただ、魔法陣というのは中々に難しい。文字や線の角度、文字の太さがズレると意味が変わるどころか発動しない」
「発動しないんですか?」
「まず、しないな」
「……難しいですね」
「だが、継続時間とかでいうと、筆記魔法や刻印魔法より強力で長く持つ利点があるんだよな」
例えば、内と外の時間の経過を変えるや内と外の空間の大きさを変えるということもできる──。
「そんなこともできるのですか?」
「──かもしれないな」とぼくは笑う。
超がつくほどの便利アイテムであるマジックバッグがこの世界にはないのだ。
少なくとも、ぼくは見たことも聞いたこともない。
作れる可能性を考えると、魔法陣ならあるいは……といった感じだと思う。
「まぁ、簡易結界──野宿ぐらいなら魔法陣よりは刻印魔法。刻印魔法より筆記魔法がいいだろう」
「違いがよくわからないです。どちらも文字を使う魔法ですよね?」
「まず発動が違う。筆記魔法はグラマーという、ある規則の文章がメインで構成されていて、文章の終わりをピリオドでしめるのだが、完成した時に発動し魔力を持っていかれる。刻印魔法は文章ではなく文字。書いた文字に魔力を流すことで発動する。そうだなぁ、魔法陣を分解したときの文章が筆記魔法で、さらにそこから一文字で意味をなして効果を発揮でくるのが刻印魔法という認識でいい」
なんとも説明が難しいな。
例えば、野宿しようとする。安全のために結界を張ろうとする。魔法陣は準備に時間がかかる上に難しいので、簡易結界を張る。
筆記魔法の場合はテントの周りを覆うように書き、書いた内側に対しての隠蔽効果をもたらす。
木や石なんかに文字を刻むことで、なんとなくそこへ行けない。行きたくないと思わせるのが刻印魔法での簡易結界。
「──というイメージかな。ま、野宿には結界は必須だろう?まずはコレを覚えようか」
刻印魔法では以前紙を燃やしたように攻撃にも使えるものも多い。
一文字そのものに意味があるものが多い。
たくさんの紙とインクを渡し、文字を教えていく。
「──線の太さ、細さで魔力の流れる量が変わるから均一な線を書くことだ」
「難しいですね」
「何度も書くことが大事だ」
「うーん……上手くいかないです」
「まずは刻印魔法からかな。まずはひたすら書くこと。上手く書けたら魔力を流して発動してみろ。紙だから一度発動したら終わりだがな」
「例えば、木とか鉄とかに彫れば長持ちしますか?」
「まぁ、持つかもしれんが刻印や筆記がズレたら終わりだな。削り直すのは手間だろ」
「彫ったやつで他のものに付与できないのですか?」
「そりゃあ、ハンコみたいに捺すってことか?」
「ハンコってなんですか?」
「スタンプって言っても通じないか、ま、印刷技術だな」
「いんさつ、ですか」
「いや、いい。面白いけど……無理……でもない、の、か」
いや、面白いかもな。そういう魔導具はないよな。
スタンプのように付与する魔導具。
ルレイアの思い付きは、その日ずっとぼくの頭の中でリフレインしていたのだった。
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