アリバイですか? その時間なら……

小石原淳

彼方立てれば此方が立たぬ

「三月九日の午後一時から三時まで、何をしていたか教えてくださいって、さっきから言ってるんですがね。何度も何度も」

 刑事の定岡さだおかは片方の眉を吊り上げてみせ、取り調べの相手を軽く威嚇する。

「それをどうして何にも答えてくれないんですかっ、磯崎いそざきさん?」

 机を挟んで窓側に座っているのは、磯崎廉也れんや。三十になるサラリーマンで、ゲーム好きが高じて、ゲーム雑誌専門の出版社に就職。問題の九日は土曜で、会社は休みだった。

 事件の方は殺人で、被害者は勝倉満里奈かつくらまりな。旦那はいるが、子供はなし。磯崎と浮気していた痕跡が、死後の調べで多々見付かっている。磯崎とは中学高校と同じ学校に通い、クラスも何度か同じになっており、ある程度親しかった。高校卒業以来疎遠になっていたが、オンラインゲームの世界でばったり再会、焼けぼっくいではなく、このとき初めて恋愛感情が芽生えたらしい。

 生前、浮気は露見しておらず、独身の磯崎が既婚者の勝倉を殺害する動機がいまいち弱いが、独占欲という見込みで捜査は進められている。

「何もね、あんた、アリバイと一緒に証人もセットで示せと言ってるんじゃないんだよ。そこんとこ分かってる? 一人でいたとしたって、何か言えるでしょうが」

「……」

「寝てたとか、他の旦那持ち女と遊んでいたとか、一人でゲームしてたとか、何かあるだろうよ! い・そ・ざ・き・さ・ん!?」

 思わず手が出そうになったふりをして、机をばんと叩いてやった。

 びくりとした磯崎は、おびえの色がありありと浮かぶ目で、定岡刑事を見返してきた。そしてぼそぼそした声で何か言った。

「はあ? 何か言いましたか? 聞こえるように言ってください、お願いします」

 さっきまでの調子が抜けず、つい嫌みったらしくなった。定岡は密かに反省した。やっと口を開こうという相手を怯えさせて、再び口をつぐまれては台無しだ。机の端を両手で掴み、深々と頭を下げる。

「すまん。話、聞こうじゃないの」

「……言っても信じてもらえないでしょうから……」

「は? いやいや、それはないでしょう。信じる信じないは、言ってくれなきゃどうしようもない。私ら警察は何でもかんでも疑うイメージがあるかもしれませんけどね。ちゃんと調べて、疑うべきは疑うし、信じるべきは信じるよ、ええ」

「でも……」

「いいから言ってください。話はそれからだ」

「怒りませんか?」

「……怒らせるようなこと、言うつもりなんですかな」

「いや、そんなつもりはないです。ただ、正直に話しても、我がことながら突拍子もない内容なんで、信じてもらえないどころか、下手すると怒らせるだろうなっていう」

「とにかく、言ってください。何度も繰り返し舞うが、話はあんたの主張を聞いてから。いいね?」

 粘り強く言った成果なのか、磯崎は一つ大きく頷くと、思い切ったように口を開いた。

「実は、その時間帯……もっと言うと九日の朝九時から昼三時まで、異世界に行ってました」

「……何て?」

「異世界に行ってました」

「『異世界』ってそういうお店があるの? どこに、何の店だい?」

「い、いえ、ですから、怒らないで冷静に聞いて欲しいのですが、この日本というか地球とは違う、異世界、です」

「うーん、分からんな。ゲームの話なら詳しくないんでね」

「いえいえいえ、違います、ゲームと違います」

 両手のひらを向けて、懸命に振る磯崎。演技っぽさはなく、真剣味がにじみ出てはいる。ただ、どことなくコミカルでもある。非現実的な内容も含め、信じろと言われても到底無理だった。

「う~。怒らんように努力しているが、あんたの今後の答え方次第じゃ、怒らん訳にはいかなくなりそうだ」

 ゆっくりと深呼吸を繰り返しつつ、定岡は言った。余った空気が鼻腔を通じて出るから、鼻息を荒くしたように見えるかもしれない。

「でも、事実なんです」

「うー、あー、それ、信じろと。よし、うむ。分かった。ではその話を主張するとして、磯崎さんは何か証拠を示せるのか?」

「それは……服装や道具といった物体は向こうに置いて来ざるを得ませんでしたし、戦いで負った怪我もウィッチドクターに治してもらったし」

「……異世界で何してきたの、あんた?」

「今回は、と言ってもまだ二回目なんですけど、ゴーレム退治にちょっと。あ、僕がリーダーじゃないんですよ。パーティを組むのに――」

「やっぱりゲームの話をしてるんじゃあないのか」

「違いますって! ああ、もうどうやったら信じてもらえるのか」

 髪の毛をがしがしとかき回す磯崎。相当参っているようだ。尤も、定岡ら取り調べに当たる刑事だって、これでは参ってしまう。

 と、そのとき、磯崎が「あ」と呆けたような声を漏らした。

「何だ、どうした」

「あるかも、証拠」

「ええ? 嘘だろ」

「僕も確信はないですけど、ひょっとしたら……向こうの世界に行って、強化してもらうというかレベルアップのために、銀の髪を入手したんです」

 銀紙? アルミホイルか?などと思った定岡だったが、今は口を挟まないでおこうと思い直し、スルーした。

「で、そのアイテム銀の髪を頭頂部に移植することで、苦労なしにレベルアップするんです。銀の髪、抜いてはいないから、もしかすると残っているかもしれません!」

「そんなに嬉しそうに言われてもだな」

 辟易しているのを隠さぬ定岡だったが、磯崎がやや下を向き、つむじを向けてきたので、仕方なく調べてやる。

「……む? あった、これか? 確かに銀色の髪だな。うん?」

 さわってみて、ちょっと驚いた。感触が普通の毛髪ではない。金属とも違う。もちろんアルミホイルでもない。銀色の魚の肌のイメージが一番近い。

「けったいな物があるにはある」

「そうでしょ? 刑事さん、是非ともすぐに調べてください! 地球上にはない、いやもしかしたら、宇宙を含めたこっちの世界には存在しない物質だと分かるはずですから!」

 やれやれ。

 定岡は怒りと呆れを同時に感じながらも、願いを聞いてやることにした。


「いや~、磯崎さん、びっくりしたよ。あんたの言った通り、これは少なくとも地球上には存在しない物質でできているらしい」

「でしょ? よかった」

「詳しい組成分析をやってるから、もしかしたら異世界の物だと証明できるかもしれんですなあ」

「でしょでしょ。これで無罪放免になりますよね?」

「おっと、安心するのはまだ早い」

 定岡は席を立とうとした磯崎を押しとどめた。

「まだ何か。あ、証明されるまで待てと?」

「いやまあ、それもあるにはあるが、他にも確かめたいことができてね。実は勝倉満里奈さんが死んでいた自宅ってのが、ドアや窓の鍵という鍵全てが内側から掛けられていたんだ。キーは彼女自身が身に付けていたし、合鍵が作られた形跡もない。要するに、密室殺人てやつなんだよ。磯崎さんに黙っていたのは、あんたがぼろを出すかもと期待してたからなんだが。現場が密室だったとこちらが言ってないのに、あんたが口を滑らすのをさ」

「ひどいなあ、刑事さん」

「こっちも困ってるんだ。密室の作り方が皆目見当も付かない。しかし、あんたの話を聞いて光明が差したよ」

「へえ? 何かヒントになること言いました、僕が?」

「ああ。もしもあんたが異世界とこちらとを行き来できるのなら、密室殺人も簡単だ。一度異世界に行き、そこから勝倉さんの部屋に戻って彼女を殺害。現場を密室状態にしたあと、再び異世界を経て、さらにこっちの世界に戻る。な? これで密室殺人の一丁上がりだ」


 終わり

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アリバイですか? その時間なら…… 小石原淳 @koIshiara-Jun

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