終章:新たな月の輝き

 蓮華が星となって夜空に帰って以来、月日が流れた。月華帝国は、嫦娥と玉兎の共同統治のもと、新たな時代を迎えていた。かつての対立は過去のものとなり、月の民と月兎族は協力して、帝国の繁栄に尽力していた。


 銀月城の最上階にある広間では、嫦娥と玉兎が並んで座り、窓外の景色を眺めていた。月の光が二人を優しく包み込み、その姿はまるで月の女神の化身のようだった。


「玉兎、信じられる? 私たちがこうして一緒に帝国を治めているなんて」


 嫦娥の声には、懐かしさと喜びが混ざっていた。


「ええ、まるで夢のようね。でも、これが現実なのよ」


 玉兎は柔らかな笑みを浮かべながら、嫦娥の手を取った。


 二人の前には、月の力と星の知恵を融合させた新たな統治体系の設計図が広げられていた。それは、月の柔らかな光のように穏やかで、かつ星々の輝きのように力強い新しい文化の礎となるものだった。


「この新しい体系で、月兎族と月の民の調和が進むわ」


 嫦娥の言葉に、玉兎は深く頷いた。


「そうね。もう誰も差別されることなく、皆が平等に暮らせる帝国になるわ」


 二人は、新たな法律や制度を一つ一つ丁寧に検討していった。月の力を公平に分配し、星の知恵を万人に開放する。そんな理想を実現するための青写真が、少しずつ形になっていく。


 広間の隅には、蓮華が千夜にわたって語った物語を記録した書物が置かれていた。「月華千夜物語」と名付けられたその書は、既に帝国中で広く読まれ、人々の心に希望と勇気を与えていた。


「蓮華の物語が、こんなにも多くの人の心を動かすなんて」


 嫦娥は感慨深げに書物を手に取る。


「ええ、彼女の言葉には不思議な力があったわ。私たちの心さえも、解きほぐしてくれたもの」


 玉兎の言葉に、嫦娥は静かに頷いた。


 窓の外では、月と星が寄り添うように輝いている。その光景は、まるで嫦娥と玉兎の姿を象徴しているかのようだった。


「さあ、そろそろ式の準備を始めましょう」


 嫦娥が立ち上がり、玉兎も続く。今日は、二人の結婚式の日だった。月の女神の加護を受け、帝国中の祝福を集めての大いなる祝典。それは同時に、新生月華帝国の幕開けを告げる象徴的な儀式でもあった。


 広間を出ると、宮殿中が慌ただしく動いていた。飾り付けに余念がない侍女たち、料理の最終確認をする料理人たち、警備の配置を確認する衛兵たち。全ての人々の顔に、喜びの表情が浮かんでいる。


 嫦娥と玉兎は、それぞれの部屋に向かい、婚礼の衣装に着替えていく。嫦娥の純白の衣装には銀糸で月のモチーフが、玉兎の薄紫の衣装には金糸で星のモチーフが刺繍されていた。


「まるで、月と星のように」


 鏡に映る自分の姿を見て、嫦娥はそうつぶやいた。


 式が始まり、二人が宮殿の大広間に姿を現すと、集まった人々から大きな歓声が上がった。月の民も月兎族も、もはや区別なく喜びを分かち合っている。


 誓いの言葉を交わし、指輪を交換する二人。その瞬間、不思議なことが起こった。窓から差し込む月の光と、天井に描かれた星々が、突如として輝きを増したのだ。


 まるで、月の女神と星々が二人の結婚を祝福しているかのようだった。


 式の後、嫦娥と玉兎は宮殿のバルコニーに立ち、集まった民衆に向かって挨拶をした。


「皆さん、今日という日を共に祝えることを、心から嬉しく思います」


 嫦娥の声が、魔法によって増幅され、街中に響き渡る。


「これからの月華帝国は、月の民も月兎族も、そして全ての人々が平等に暮らせる国となります」


 玉兎も声を合わせる。


「私たちは、皆さんと共に、この国をより良いものにしていきたいと思います。どうか、力を貸してください」


 二人の言葉に、群衆から大きな歓声が上がった。


 その夜、祝宴が続く中、嫦娥と玉兎は密かに宮殿の屋上に上がった。そこから見える夜空は、この上なく美しかった。


「ねえ、玉兎。あの星、蓮華じゃないかしら?」


 嫦娥が指さす方向に、ひときわ明るく輝く星があった。


「きっとそうよ。私たちを見守っていてくれるのね」


 二人は寄り添い、夜空を見上げた。月と星が織りなす壮大な風景の中に、彼女たちの未来が広がっているようだった。


「これからも、一緒に歩んでいこうね」


「ええ、永遠に」


 二人の誓いの言葉が、夜風に乗って天空へと昇っていく。月華帝国の新たな物語は、まだ始まったばかりだった。そして、その物語は代々語り継がれ、人々の心に希望の光を灯し続けることだろう。


 月と星が寄り添う夜空の下、月華帝国は新たな時代へと歩みを進めていった。


(了)

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月華帝国恋綺譚 ―星詠みの少女と氷の女帝― 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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