第八章:千夜目の啓示

 月兎族との和解から数日が経ち、月華帝国に新たな空気が流れ始めていた。嫦娥と玉兎は協力して、帝国の新たな統治体制を築くべく奔走していた。そして、ついに千夜目の夜を迎えた。


 銀月城の最上階、嫦娥の私室には特別な雰囲気が漂っていた。窓から差し込む月光が、部屋全体を銀色に染め上げている。嫦娥、玉兎、そして蓮華の三人が、静かに向かい合って座っていた。


「蓮華、今宵はいよいよ千夜目の物語ですね」


 嫦娥の声には、期待と緊張が混ざっていた。


「はい、陛下。そして、この物語は特別なものになります」


 蓮華の言葉に、嫦娥と玉兎は身を乗り出した。


「今宵の物語は、陛下とお二人の物語です」


 その言葉に、嫦娥と玉兎は驚きの表情を見せる。蓮華は静かに目を閉じ、星々の光を呼び寄せ始めた。


「遥か昔、月の女神の御子として生まれた二人の少女がいました。一人は銀色の髪を持つ嫦娥、もう一人は白い髪を持つ玉兎」


 星々の光が渦巻き、幼い頃の嫦娥と玉兎の姿を映し出す。二人が手を取り合い、月の光の中で踊る姿に、現在の二人は懐かしさで目を潤ませた。


「二人は幼い頃から親友でした。共に学び、遊び、そして夢を語り合いました。しかし、二人の運命は、やがて大きく分かたれることになります」


 光の中で、成長していく二人の姿が映し出される。嫦娥が皇位継承者として厳しい教育を受ける姿、玉兎が月兎族の姫として自らの役割に目覚めていく様子が描かれる。


「二人の心には、互いへの深い愛情が芽生えていました。しかし、その想いを口にすることは許されませんでした」


 嫦娥と玉兎は、思わず互いの顔を見つめ合う。かつての想いが、今も心の奥底に残っていることを感じていた。


「そして、運命の日が訪れます。月華帝国の存続を脅かす大きな危機が訪れたのです」


 星々の光が暗く渦巻き、帝国を襲う闇の力を表現する。


「この危機を乗り越えるため、月の女神は二人に試練を与えました。一人は帝位に就き、もう一人は影となって帝国を支えること。そして、二人は互いの存在を否定し合わねばならなかったのです」


 光の中で、嫦娥が即位する様子、そして玉兎が月兎族を率いて反乱を起こすシーンが映し出される。現在の二人の目に、悔しさの涙が浮かぶ。


「二人は、互いを裏切ったと思い込み、深く傷つきました。しかし、それは月の女神が与えた試練だったのです」


 蓮華の声が高まり、星々の光が激しく明滅する。


「嫦娥は心を閉ざし、玉兎は反乱の道を選びました。しかし、二人の心の奥底には、常に互いへの想いが残されていたのです」


 光の中で、孤独に苦しむ嫦娥の姿、そして葛藤する玉兎の姿が交互に映し出される。


「そして、長い年月を経て、二人は再び向き合うことになりました。互いの痛みを理解し、真実を知った時、二人の心は再び一つになったのです」


 嫦娥と玉兎は、思わず手を取り合っていた。目には、理解と赦しの涙が光っている。


「今、二人の前には新たな道が開かれています。月の女神の試練を乗り越え、二人の力を合わせることで、月華帝国は新たな時代を迎えようとしているのです」


 物語が終わりを告げ、星々の光が静かに消えていく。部屋に深い静寂が訪れる。


 嫦娥と玉兎は、長い間見つめ合っていた。そして、ゆっくりと抱き合う。


「玉兎、ごめんなさい。あなたの気持ちを理解せず、長い間恨んでいた」


「私こそ謝らなければ、嫦娥。あなたを傷つけてしまって」


 二人の目に、新たな決意の光が宿る。


「これからは、二人で力を合わせて、新しい月華帝国を作り上げましょう」


 嫦娥の言葉に、玉兎は深く頷いた。


 蓮華は、その様子を微笑みながら見守っていた。そして、静かに立ち上がる。


「私の役目は、これで終わりです。陛下、玉兎様、どうかお二人の力で、新たな物語を紡いでいってください」


 嫦娥と玉兎は、驚いて蓮華を見つめた。


「蓮華、あなたはどこへ?」


「私は、また星々の元へ戻ります。しかし、二度と会えないわけではありません。夜空を見上げれば、私はいつでもそこにいます」


 蓮華の体が、ゆっくりと星の光に包まれていく。


「どうか、幸せになってください。そして、月華帝国に新たな光をもたらしてください」


 蓮華の姿が星となり、夜空へと帰っていく。嫦娥と玉兎は、その光を見送りながら、固く手を握り合った。


 月華帝国の新たな夜明けが、今まさに始まろうとしていた。

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