茶番

楠 夏目

十年来の友達


学校からの帰り道、十年来の友達に突然「俺は人間じゃないんだ」と告げられた。

僕は初めこそ「冗談いうなよ」って友達のお尻を蹴っていたけれど、いつまで経ってもネタバラシをしないソイツの姿を見ていたら、本当なんじゃないかって思い始めてきた。

だから僕は聞くことにした。


「人間じゃないなら、君はなんだって言うんだい?」


そうしたら友達は、その場に立ち止まって僕を見たんだ。凛とした眉毛が特徴的だった友達。でもその日だけは、友達の眉毛が薄細く見えた。マヨネーズの蓋で表すなら、太口キャップが細口キャップになるくらいだった。

僕は首を傾げたまま、友達の返事を待っていたんだ。そうしたらソイツは、僕を見ないで静かに言った。


「俺は宇宙から来たんだ。でももう帰らなきゃ行けない」

「宇宙って……君は宇宙人だったのか?」


僕は目を丸くして尋ねた。友達はばつが悪そうに地面を見つめて、一度だけ小さく頷いた。

瞬間──ガーンって効果音が、僕の頭に響いたんだ。驚きよりも何よりも、その事実に気付いていなかった自分の不甲斐なさに心底後悔した。十年間一緒に過ごして、友達の事は何でも知ってると高を括っていたから。


「今まで一緒に遊んでくれてありがとな」


細口キャップの眉を下げて、友達は笑った。不器用で下手くそな笑顔を見ていたら、僕はなんだか泣きたくなった。


「……本当に帰ってしまうのかい?」


緊張と動揺で可笑しくなってしまった僕は、脇を開いたり閉じたりしながら友達に言ったんだ。「行かないで欲しい」


まだ一緒にやりたかった事が沢山あった。ゲームに漫画に、それから野球とサッカーも。それに最近、お酒が飲める歳になったら居酒屋に行こうって約束もしたんだ。

でも友達は、僕の言葉に「ごめん」と返すだけだった。それが悲しくて、僕の眉毛もきっと細口キャップみたいになっていたと思う。


「また会えるかな」


僕は友達の服を掴んで、小さな声で尋ねた。望む答えが返ってくるまでその服を離すつもりはなかった。でも友達は、その質問に答えてくれなかった。


「今までありがとう」


友達の身体が光を帯びていく。僕はびっくりして目を丸くしたあと、両手で服を掴んだんだ。「行かないで……!」


必死な僕とは裏腹に、友達はただ笑っているだけだった。細口キャップの弱々しい眉毛を下げて、ソイツは僕を眺めてる。その顔は諦めている顔だった。

でも僕は違う。僕はこれっぽっちも諦めようだなんて思わなかった。消えそうな友達の腕を引き寄せて、僕はソイツにしがみついた。そして宇宙の彼方に聞こえるように、態と大声で言ってやったんだ。


「宇宙の人たち、僕の友達を奪わないで下さい!」


自分でもびっくりするくらい、本当に大きな声が出た。周りにいた人達が、驚いた顔で僕を見ている。それでも構わなかった。僕はぎゅっと目を瞑ったまま、全力で友達の腕に引っ付いた。しがみついた。連れて行かれるくらいなら、僕も一緒に連れて行って貰おう──なんて考えが頭を過ぎった。


「なあ」


すると暫くして、頭上から興奮気味な友達の声が聞こえた。「なあって」


僕はハッと我に返ると、すぐに顔を上げて友達を見てみる。そして思わず声を上げそうになった。消え掛けていた筈の友達の身体が、元に戻っていたんだ。


「う……宇宙に行くのはどうなったんだ」


僕は慌てて尋ねた。友達は口元に手を添えて唸ったあと、「もしかして」と呟いたんだ。


「帰らなくて良くなったのかもしれない」


「ほんとうかい……?」


その言葉を聞いた瞬間、僕は嬉しくなってガッツポーズをした。僕の声が宇宙の人に届いたのかもしれないとも思った。本当に嬉しくて嬉しくて、口角が上がりっぱなしだった。


「じゃあ帰ろう」


僕は友達に笑顔で言った。


「ああ、帰ろう」


友達も僕に笑顔で返す。

白い歯を見せて笑う友達の眉毛は、やはり太口キャップと同じだった。


それから僕が、友達のポケットから懐中電灯を発見して、友達のお尻を蹴り飛ばすんだけど──それはまた別の日にしよう。


茶番のできる毎日が、楽しくってしょうがないから。







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