附子とプリンと保健室 ④保健室は第二の部室
翌日あたしは、またしても二限と三限の間の長休みに保健室を訪れた。文芸部部長でもある三年生保健委員の
保健委員は各クラスに男女一名ずついるが、体調不良の生徒を保健室に連れてくる以外の活動をしている生徒はほとんどいない。一部の有志が集まって「保健だより」という広報をつくっている。雪菜先輩はそのひとりだ。だからあたしも広報制作にかかわっている。
「槇村さん、
少し嘘が混じっている。
但馬先輩は教えてくれようとはしてくれたが、その前に
「話が脱線してばかりするのね」雪菜先輩は理解を示してくれた。
「それに、ひどい風邪をひいていて、飛沫が飛んでくるんです。当分近寄れないですよ、アレ」
あたしにかかれば但馬先輩も「アレ」呼ばわりだ。
「こまったわねえ……」
雪菜先輩はそう言って微笑んだが、実際困っているようには見えなかった。優しい人なのだが、所詮は他人事なのだ。
「槇村さんの時も宿題課題は多かったのでしょうね?」
「そうね、みんなで分担して答えをつくったかしら」
「そういうのって残っていませんか? もし同じものなら参考になるかと思うのです」
「おうちに帰って見てみるわ。残っていると良いけれど……」
あ、これ、残ってないな、とあたしは思った。
保健室には、待合場所を兼ねた丸テーブルが置かれていて、あたしと雪菜先輩はそこに掛けていた。一応テーブルの上には「保健だより」のレイアウト下書きがある。が、しかし、仕事をしているふりをしてブレイクしているのだ。
と、その時、保健室に
「槇村さん」本谷先輩も雪菜先輩に用があるようだ。「あ、鴫野さんもいたのね」
「保健委員ですから」あたしは委員の仕事でここにいるとアピールした。
「私もここ、坐って良いですか?」本谷先輩は丸テーブルの空いている椅子に腰掛けた。
本谷先輩は保健委員ではない。二年H組の学級委員なのだ。しかし保健室に姿を現す頻度は多い。保健委員より多いくらいだ。そしてそれはあたしと同じく雪菜先輩に会うためだった。
「槇村さん、聞いてください」ふだんおっとりしている三つ編み眼鏡女子の本谷先輩は、珍しく興奮していた。「但馬さん、ひどいんですよ。私が昨日用意していたプリンを食べてしまったんです……」
あたしはそれを聞いてギクッとした。
「どういうことかしら?」雪菜先輩は相変わらず悠然としている。
「槇村さんと一緒に食べようと思って持ってきたのですが、要冷蔵なので保管場所に困って文芸部の部室に置いておいたのです。ちゃんと箱に私の名前まで書いて入れておいたのに、昨日の放課後見に行ったら食べられていました」
「そういえば昨日放課後に何か一緒に食べましょうと言っていたわね」忘れていたわといった調子で雪菜先輩は頷いた。
「さっき文芸部のSNSで『誰か食べましたか? 怒らないので正直に答えてください』と但馬先輩に送ったら、素直に白状しました」
「誰かと訊きながら、但馬くん本人に送ったのね?」雪菜先輩は笑った。
「そんなことするの、但馬さんだけでしょう?」
「そうね」
「非難したら、風邪をひいて意識朦朧としていたんだ。でもあれを食べて体調が良くなった。とても感謝している、なんて言うんですよ。ふざけてますよね? 二個も食べたくせに」
いや、一個はあたしだ。(別章「狂言『
ごめんなさい。でもおいしかった。
「今度から、『これには猛毒が入っている』とでも書いたら良いかしらね」雪菜先輩は微笑んでいる。
「そんなことをしたら、部室中の調度品がめちゃめちゃに破壊されますよ」
「まあ、大変」
本谷先輩も狂言「
あたしは、知らぬこととはいえプリンを食べてしまった罪悪感から黙っていた。
「あ、そうだわ、あなた去年の物理の課題プリント、まだ持っているかしら?」雪菜先輩が本谷先輩に訊いた。「鴫野さんが困っているの。とても量が多くてできないって」
「ああ、それなら」本谷先輩はあたしの方を向いた。「あると思うから明日にでも持ってきてあげようか? 答えも載っているわ。同じものだと良いわね」
「それは助かります。本当にありがとうございます」
まだ手にしていないのだが、あたしは本谷先輩に感謝した。
プリンを食べた共犯であることはやはり黙っているに限る。知らぬ存ぜぬで押し通そう。
ある時は文芸部――しかして、その実態は―― はくすや @hakusuya
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