ハロウィン(彼方よりきたりて外伝)
秋も深まり、冬の足音が聞こえ始める時。
「……あ、いたいた。シリウス様!」
放課後、のんびりと廊下を歩いていたシリウスは後ろからの呼びかけに足を止めて振り返り── 一瞬、その動きがピタっと止まった。
視線の先にはアリアとエルナトがいたのだが……いつもの制服ではなく。魔女に扮したアリアと猫耳をつけ肉球手袋にブーツを身に着けたエルナトが立っていた。……アリアはニコニコ笑顔で楽しそうだが、少し後ろに控えるエルナトは非常に渋い顔で目を逸らしている。
アリアは「うふふ」と小さく笑ってから右手をシリウスに向かって差し出した。
「シリウス様、トリックオアトリート! です!」
「え? ……あー……」
聞き覚えのある言葉にシリウスは逡巡して記憶を探る。……確か数日前、アリアがクラスメイトを中心に話していた催しの説明で今の言葉があった。
仮装をしている人からその言葉を言われた場合、お菓子を渡さなければイタズラされるというもので、元々はアリアがいた国でやっていた「ハロウィン」という催しらしい。日時までは詳しく聞いていなかったが、どうやら今日がその日のようだ。
「……お菓子渡さないとイタズラされる、でしたっけ」
「そうです!」
にっこり笑ってくるアリアに対し、シリウスは持っていた鞄の中からクッキーの入った小袋を取り出してそのまま差し出した。
「どうぞ、クッキーです」
「有り難うございます」
クッキーを受け取ったアリアはお礼を述べた後、くるっと振り返ってエルナトの方を向く。
「ほら、エルナトさんも!」
「……はぁ……」
アリアにぐいぐいと背中を押されながらシリウスの前にやってきたエルナトは視線を横にずらしたまま、仕方なくといった様相でため息をついて口を開いた。
「えーと……トリック、オア、トリート」
「はい。えっと……」
シリウスは先程と同じように鞄から小袋を取り出し、エルナトに差し出──……そうとしたが、何か思い当たったように手を止める。
「?」
動きを止めた青年を見てエルナトが首を傾げる一方、シリウスはおもむろに小袋の封を開けて。
「いただきます」
「はっ?」
小袋を逆さにして中に入っていたクッキーを掌に出し、そのまま自身の口へと放りこんだ。
「!?」
これにはエルナトはもちろん、エルナトの背中を押していたアリアもギョッとする。少女二人が唖然とした表情を浮かべる中、シリウスはクッキーを咀嚼してから飲み込み──……ふぅ、とひと息ついた後でエルナトに顔を向ける。
「えっと、お菓子ないんでイタズラで」
「はぁ!?」
さらりと発せられた言葉にエルナトが素っ頓狂な声を上げた。
「いやあっただろ。今。食べといて何言ってるんだお前」
顔を引き攣らせる相手に対し、シリウスは悪びれもせずにへらっと笑う。
「……や、こういう状況になったらエルナトさん、どんなイタズラするのかなってちょっと気になりまして……」
「ふざけんな! どうせまだ持ってるんだろ、出せ!」
シリウスがいつも鞄に何かしらお菓子を入れているのを知っているエルナトは声を上げて睨みつけたけれど、対面の相手は笑ったまま表情を変えない。
「いえ、持ってません」
「…………」
しれっと返された言葉にエルナトは顔を引きつらせ──……イタズラをお望みなら鞄の中身を全部ひっくり返してお菓子を奪ってやろうか、という考えが頭に浮かんだ時。
「何やってるんだお前ら」
不意に耳に入ってきた声の方へ顔を向ければ、不思議そうな表情でこちらを見ているリゲルとサルガスの姿があった。
二人は仮装しているアリアとエルナトを交互に見やり……それから納得したように「あぁ、前に言ってた催しか……」と声をもらす。一方、アリアが笑いながら経緯を簡単に説明して──それを聞いたリゲルは苦笑いを浮かべ、サルガスは呆れたようにシリウスを見た。
「お前は本当に好き放題だな」
「どんな反応するかなと思いまして……」
少し笑いながらサルガスにそう言葉を返し、シリウスは鞄を開けて小さな包みを取り出す。
「すみません、調子に乗りました。改めてお菓子どうぞ」
「…………」
エルナトは黙ったまま差し出されたお菓子を受け取ろうと手を伸ばしかけて──……今度は彼女が動きを止めて、その手を引っ込めた。
「?」
その様子にシリウスが首を傾げるのを見ながら、エルナトはフ、と小さく笑みを浮かべる。
「イタズラにするからそれはいらない。……お前今日はこの後、日付が変わるまでずっとこれ付けてろ」
エルナトはそう言いながら自身が付けていた猫耳を外し、やや乱暴にシリウスの頭へそれを押し付けるようにして付けさせた。
「絶対、外すなよ」
「……仕方ないですね、判りました」
シリウスが了承を口にすれば、エルナトは溜飲を下げたように少し表情をゆるめた。
「……今回はちょっとやり過ぎたな?」
「まぁ、はい。そうですね」
アリア達と別れた後、苦笑いを浮かべるリゲルに対し当たり障りのない返事をして。シリウスは猫耳を触りながら胸中で小さく息をつく。
(……そのままお菓子受け取られたらどうしようかと思ったけど、こっちの思惑通りに動いてくれて良かったな)
そんな事を考えながらシリウスはリゲルと共に寮に戻って──そして、律儀に日付が変わるまで猫耳をつけたまま過ごしたため、男子寮ではざわつきが起き。
翌日、それを聞いたエルナトは「本当に最後まで付けてたのか……」と何とも言えない表情を浮かべたのだった。
伊南の突発短編小説集 伊南 @inan-hawk
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