手合わせ(お題:バトル/彼方よりきたりて外伝)

「おいシリウス。手合わせに付き合え」

「慎んでお断り致します」

 後期試験が終わった日の放課後。帰り支度をしていたシリウスとリゲルの所にやってきたサルガスが開口一番に冒頭の言葉を発して──それを聞いたシリウスは間髪入れず断りを口にした。

「……お前……少しは悩むとかしないのか……」

「疲れそうなんで……」

 顔を引きつらせたサルガスに対してシリウスがさらりと言葉を返し、横にいたリゲルは苦笑いを浮かべてから口を開く。

「また唐突な誘いだな。どうしたんだ」

「どうもこうもない。やっと試験が終わったから思い切り体を動かしたいだけだ」

「あー……なるほど」

 リゲルはその言い分に納得したように声をもらして──それから楽しげな笑みを浮かべた。

「確かに体を動かしたいのはあるな。俺で良ければ付き合うぞ。……前の続き、って事でどうだ?」

 以前リゲルとサルガスは手合わせをした事があるが、その時は時間があまりなく、決着がつかずで引き分けになっていた。サルガスもその事を思い出したらしく、小さく笑って「いいな、やろう」と二つ返事を返す。

 それを聞いたリゲルはひとつ頷いてから横にいるシリウスの方を向く。 

「先に寮に戻っていても良いが、お前はどうする?」

「…………」

 主の質問にシリウスは一瞬考え込むような仕草を見せたがすぐに顔を上げる。

「前回の手合わせを拝見していませんし、お邪魔でなければ立ち会いしたいです」

「……良いか? サルガス皇太子」

「別に良いぞ」

 視線を向けられたサルガスはあっさりと了承を返し、それから三人揃って教室を出て行った。

 

「元気ですねぇ」

「…………」

 少し離れた所でやりとりを見ていたアリアが呟きをもらす一方、エルナトは三人の背中をぼんやりと見ている。それに気付いたアリアは僅かに首を傾げて。ひとつ思い当たったようにぽん、と手を打つ。

「そういえばあの時、エルナトさんもお二人の手合わせを見てませんでしたね。……折角ですし、私達も同席させて頂きましょうか」

「……え? あ……」

 アリアの言葉にエルナトはハッと我に返り、迷ったような表情を浮かべた後──……

「……はい、お願いします……」

 と、小さな声で返してきたのを聞き。アリアは柔らかく微笑んでから頷いた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「……相手の体に一撃加えるか、参ったと言わせた方が勝ちでいいな」

「あぁ、それで良い」

 場所を変えて修練場。

 互いに向き合ったリゲルとサルガスは短く言葉を交わす。それぞれ模擬刀を持ってはいるが、リゲルはロングソード、サルガスはシミターを構えている。

 間に立ったシリウスが二人を見やって──

「……始め!」

 掲げた右手を一気に振り下ろした。


 開始の合図に合わせてすぐに動いたのはサルガスだ。床を蹴り、リゲルとの距離を詰めてシミターを相手に向かって勢い良く振るう。

 一方のリゲルはその場で動かなかったが腰を落としつつ、刃の腹をサルガス側に向けた状態で縦に構え防御の体勢を取って──シミターが当たった瞬間に剣の角度を僅かに変えて攻撃を受け流し、一歩踏み込んでサルガスに肉薄した。受け流しの勢いを利用してロングソードをくるりと回し、逆手に持ち変えてから一気に薙ぎ払った。

「……っ!」

 サルガスはギリギリのところで身を屈めて薙ぎを躱した後ぐっと膝に力を入れ、シミターを下から上に大きく切り上げた。その攻撃をリゲルは体を反らして躱し──そのまま流れに任せ、後ろに下がって距離を取る。


「相変わらず器用な事しやがるな。受け流ししながら何であんな簡単に持ち替え出来るんだ」

「演舞をやってると出来るようになるぞ。今度教えようか?」

「いらん」

 舌打ち混じりにサルガスが呟けば、リゲルは口元に笑みを浮かべて言葉を返す。……しかし一度剣を左手に持ち替え、右手を軽く振ってから持ち直しをしている辺り、全くダメージがない訳ではなさそうだった。


「……前に拝見した時も思いましたけど、リゲル様とシリウス様の動きって似てますよね。サルガス皇太子に対しての動き方とか、剣術大会を思い出します」

 アリアがリゲル達を見ながら声をこぼせば、シリウスも二人の方に顔を向けたまま口を開く。

「僕がリゲル様の動きを真似してるだけですよ。こういう時はこう動く、っていうの叩き込まれてますので」

「…………習っても普通は出来ないんだよ」

 ぽつりと呟いたエルナトの言葉に視線をそちらに向けて──ただ、その表情を見たシリウスは何か言う事はなく、困ったように少しだけ笑って視線を正面に戻した。


 視線の先では再び打ち合いが始まっていた。

 回転を加えたシミターの連撃を剣で器用に受け流しながら、リゲルは演舞をするような動きでタイミングを合わせて剣を振るう。

 リゲルの剣術は演舞が基礎になっており、相手の攻撃を受けて返して攻撃をするというのが基本の動きだ。もちろん相手の得物に合わせて受け流し方は変わるけれど、受け流した後の動きは変わらない。

 ……そうは言っても、実力が拮抗している相手では受け流すだけで手一杯になる事もあり。長引けば長引く程動きを読まれてきて不利になってくる。事実サルガスは攻撃が受け流された後の隙が少なくなってきており……かといってリゲルから攻撃をしかけても力で弾かれてしまい、互いに一撃を加える事が出来ずにいた。


「……ちっ」

 何度目かの距離を取った状態で一度間が空き。流れる汗を乱暴に拭いながらサルガスは吐き捨てるように舌打ちする。一方のリゲルも汗を拭って深呼吸をした後、息を整えて剣を構え直した。

「……膠着してますねぇ……」

「……うーん……」

「?」

 僅かに場が落ち着いたところで息を吐いたアリアが呟くが、シリウスはチラリと壁の方を見る。エルナトがつられてそちらに視線をやって──「あ」と何かに気付いて声をもらす。


「……いい加減、決着つけたいもんだ。オレの勝ちで」

「そうだな、流石にきつい。……負ける気はないが」

 お互いに言葉を交わした後、ぐっと腰を落とし──床を蹴って互いに距離を詰め──……

 

「すみません、打ち合いそこまで!!」


 二人の間に鋭い声が飛び、リゲルとサルガスはぐっと足を踏み込んで自身の動きを無理矢理止める。

 ……叫んだのはシリウスだった。

「何だシリウス!」

 邪魔が入った事にサルガスが苛立った声を上げるが、その相手はスッと修練場の壁を指差した。

「興が乗ってるところ大変申し訳ないんですけど。……後半刻で寮の門限です」

「…………」

「…………」

 シリウスが指差した先、壁にかかった時計を二人は見て──……そのまま何も言わず、両者共に得物を下ろした。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「また決着つかなかったな……」

 全員門限ギリギリで寮に戻った後。

 入浴をすませて部屋に戻ってきたリゲルは残念そうに呟きをこぼす。そんな主の姿を見ながらシリウスは淹れたお茶をその前に置いた。

「今度やる時は時間無制限で出来る場を作ってみては?」

「それだと門限のある学期中は厳しいな……」

 ぶつぶつ呟きながら考えをまとめつつ、フッと笑ってシリウスの方を見る。

「今度はお前も加わるか? 三つ巴戦も楽しそうだ」

「お誘いは有難いですがお断りします。……あの打ち合いを見て間に入る度胸はありませんよ」

 苦笑いしながら断るシリウスにリゲルは少しつまらなそうな表情を浮かべた。


 ……その後、結局シリウスも交えて三つ巴戦を行なう事になるのだが、これはまた学院卒業後、先の話。

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