1.迷子のシスター
神剣と呼ばれるものがある。
ある日、突如として世界のどこかに現れる、現代の技術では説明がつかない文字通り神の剣。
それを手にしたものは人域を外れた身体能力や通常では考えられない特別な力を得ることができる。
さらには、特殊な言葉によって所有者の配下と認められた人間には、所有者ほどではないが強力な力が与えられるという代物だ。
はるか昔から存在が確認されており、今では国際的な組織や大きな会社、各地の騎士団などは必ずと言っていいほど所持している。
伝説では、この世界は一本の神剣が舞い降りたことから始まったとも言われている。
それほどまでに、その大げさな名称とは裏腹に神剣は人間の世界に溶け込んだものになっていた。
「そんな神剣を収集して破壊、そして二度と現れないようにするのが旅の目的だ」
誰かに聞かれたら大笑いされるか、自治組織に突き出されるようなことを荷馬車に揺られながら言うのはアキラだ。
対して座る妹のミクリは日常の中の会話でもしているかのようなテンションで返す。
「んー、でも私見たことないから、イメージつかないなぁ」
「ミクリがなにかやるってことはないから、知らなくてもいいよ」
なぜこの旅にミクリがついてきているのかといえば、二人には両親がおらず、ミクリがまだ未成年だからだ。
当初アキラは任せられる村の人に預けていこうとしていたのだが、旅に出ることを伝えたその日についていくと言われた。
説得には全く耳を貸さず、しばらくはミクリに監視される生活を送っていたこともある。
結局折れたのは、アキラというわけだ。
「でも、誰かの物を奪うってことだよね。危ないことなんでしょ?」
「そこは僕の腕の見せ所かな」
やりようはいくらでもある。
ただ数が多い。
「全てが終わるまで、ミクリに怪我させないようにしないとな」
現在世界で存在が確認されている神剣の数は三十三本。
アキラたちの存在に気づかれないままその全てを破壊することは実質的に不可能だ。
それに、新たな神剣が産み落とされる可能性もある。
一度現れた後に次の神剣が発見される期間は、平均で十五年ほどだ。
直近十五年で新しいものは確認されていない。そろそろ見つかってもおかしくないとアキラは思っていた。
また、未だに放置されている神剣もあるかもしれない。
一年中雪が降り続ける国、セルベルトの王が持っている剣は、本来人が近寄らない山奥で見つかったのだという。
登山家のアイベン・セルベルトが、登山中に突然の大吹雪に襲われて遭難。死の淵をさまよっていたところ、意識が薄れていく不明瞭な視界の中、強烈な光を見つけた。
そんな言い伝えがあるのだから、考えすぎとは言えない。
神剣を求めて冒険する者たちがいるくらいなのだから、新しい神剣の登場は想定しておくべきだ。
「そうだね。私は家でゆっくりお兄ちゃんの帰りを待ってる」
「そうしてくれ」
唯一の家族であるミクリがもし大けがを、もしくは最悪死んでしまったのなら。
したくない想像をして、アキラは肩をすくめる。
「今は無事に街へ到着するのが先決だけどな」
振り払うように、現状に目を向ける。
今は駅への道中。村に何度も訪れていた運び屋に事前に話を通していたので、護衛という形で相乗りをさせてもらっている。
流石に報酬は貰えないが、駅まで送ってもらえれば目的の街まで直行なのだから感謝しかない。
それにその実、こんな辺鄙なところに盗賊などはいるはずもなく、脅威といえる野良モンスターも、気弱なものばかりで遠巻きに荷車を見つけては逃げていく。
形だけの護衛というわけだ。
ただ、初めての旅で気を抜くことはできない。
例えば天候が急に嵐に変わることもあるかもしれない。
そういった場合、アキラに何かできることがあるわけでもないが、適度に緊張感を持っていることは大事だということだ。
「おじさん、あとどれくらいで着くんですか?」
ミクリが手綱を握っている御者に尋ねた。
「んー、あと三時間ほどかねぇ。待っとれな、お嬢ちゃん」
「いえいえ、ありがとうございます!」
「それにしても、あの村から移住なんて珍しいわな。当てはあるんけ?」
「えぇまあ。親戚に頼るつもりです」
本当は家探しすらもこれからだ。
余計な詮索を避けるために当たり障りのない返答をしておく。
「そうかい。最近は王都が賑わってるからか、どこも景気はいいけんど、その歳じゃあ仕事見つけるのも一苦労だろう。頑張りな」
「王都が賑わってる? なんでですか?」
「さあ、わかんね。毎年収穫祭が近くなると景気は良くなるんやが、今年はいつも以上やよ」
「収穫祭! いいなぁ、村でもしてたけど、きっともっと楽しいよね!」
「そうやな。今年は王様が祭りで重大な発表をするって言うてて、準備にいつも以上に気合入れてるって話やから、それの影響かもな」
そんな話をしていると、前方に少し広めのキャンプベースが見えてきた。
御者はそこで一時荷車を止める。
「荷崩れの確認と、遅めの昼食がてら休憩していこう」
「わかりました。一応、周辺の警戒をしておくのでお先にどうぞ」
「ありゃ、真面目な子やのぉ。ウチの愚息にも見習わせたいわ」
そう言って、御者は荷台の後ろに引っ込んだ。
アキラは伝えた通り、周りを見回っておくことにした。
盗賊はいないと言ったが、こういったポイントはまさに旅人の休憩に使われることが多いのは確か。
万が一にも張られていないとは言えない。
そうなれば、ミクリはなにがなんでも守り切るが、人数次第では御者の命までは保証できないからだ。
隠れられそうな草むらや大きな樹などにあたりをつけて気配を探るが、なにかがいる様子はない。
そうやってベースの三百六十度を見て、問題なしと荷車の元へ戻ろうとしたときに、アキラの耳にガサガサと草木が揺れる音が入ってきた。
風に揺れて鳴る自然な音ではない。生物がいる場合の不規則な音だ。
「誰だ!」
結構な声量を出したはずが、音の主は止まる気配を見せない。
それに、徐々に近づいてきている。
あちらから声を返してくる様子も見られないならば、と剣の柄に手をかけたとき、バサッとひと際大きい音がして何も聞こえなくなった。
「んっ?」
今のは何かが倒れた音だった。
草をかき分けていくと、そこにあったのは雑に広がった白い布。
正確に言えば、フード付きのロングコートがベロっと地面に広がっていた。
膨らんでいるのは、やはり人が下敷きになっているということなんだろうが……。
「あの~」
声をかけると、びくっと全体が震えた。
「お……」
「お?」
「お腹が減りました……」
掠れた声で伝えられた事実に、「まあそうだろうね」とアキラは心中で突っ込んだ。
フードを捲ってみると、白い絹のような髪が現れる。
「た、たすけてくださいぃ……」
旅の開始早々に行き倒れに遭遇するなんて、どんな確率だと思いながらアキラは少女を抱えた。
「はぐっ、んっ、はむっ――ぷはっ! はぁー、生き返りました」
「そりゃよかった」
物凄い勢いで差し出された食事を胃に詰めていく少女を前に、御者は腕を組んでうんうんと頷き、アキラはじっと少女を観察して、ミクリは並んでサンドイッチを頬張っていた。
「いえ、生き返ったなんて私程度におこがましいですね。お腹いっぱいです、ありがとうございました!」
「急に自分を卑下されても困るんだけど……」
「あっ、そういうつもりじゃないんです! 蘇生の奇跡は教祖様のみの秘儀なので」
彼女は胸に手を当てて、恥ずかしそうに目をそらす。
「んで、お兄ちゃんが連れてきたこの人誰なの?」
「僕も会ったばかりだよ」
「これは失礼しました」
少女はぴょんと立ち上がると、姿勢を正して一礼した。
「ナリア教の信徒であり、ライアール・ベ・クイント教会の見習いシスターをしています、エイミーと申します」
「その教会、嬢ちゃんたちが今から行く街にある教会じゃないかい?」
「あら、お二人はイドの街に行かれるのですか」
「うん、移住するつもりでね」
「わぁ、歓迎いたします!」
エイミーは嬉しそうに胸の前で手を合わせた。
「イドはいいところなんです。治安は良いし、美味しいものはたくさんあって。それになんといっても――」
「そんなことより、なんであんなところで行き倒れてたんだ?」
街のプレゼンが本格的になる前に、アキラは気になっていたことを尋ねた。
教会の見習いシスターが一人でこんな辺境の地に訪れ、森の中で空腹に襲われて倒れているなんて、中々お目にかかれる状況じゃない。
「あははー……、そうですよね。実は、司祭様が神託を――って、これ機密事項でした!」
「機密事項だったんだ」
「は、はいぃ。なので詳しく話せないんですが、私はまずイドの街からこの列車で一番最後の駅まで行けと言われたんです」
「神託で?」
「ち、違います。シスターにです」
「ミクリ、あまりイジメるな」
意地悪な横やりを入れる妹を軽く小突く。
「そうしたらこの道具の赤い針が指す先から右にまっすぐ進みなさいって言われてまっすぐ進んでました」
エイミーが懐から取り出したのは方位磁石だった。
確かに、道が整備されている街の周辺では必要ないかもしれないが、このあたりをよく知らない人間には必要なものだ。
「って、まさか駅からホントに真っすぐ進んできたのか?」
「? はい。そう言われましたから」
つまり、エイミーはこう言っているのだ。
駅に到着したら東に真っすぐ進めと言われたから、道なんかお構いなしに森などを突っ切って歩いてきたという。
道中に谷や崖は無かったのだろうかとか、普通に考えたらそのシスターが言いたいことわかるだろとか思わないでもない。
でも、エイミーが噓を言っているようには見えない。
純粋なのか世間知らずなのか。
「この子、天然?」
「バカやろう」
初対面の人に対して、本人を目の前に言うことではない。
エイミーには意味は伝わっていないようだが、とりあえず先ほどよりも強めに小突いた。
「持たせてもらった食料も底を尽き、意識も朦朧としたときに、話し声が聞こえてきて」
「僕たちが通りかかって良かったな」
「えぇ、皆さんは命の恩人です!」
そりゃあ、直線で歩く距離は短くなったとしても、わざわざ険しい道を通っていたら、通常よりも日数がかかってしまう。
出会ったばかりだがエイミーの様子を見るに、シスターも必要数量より多めに渡したのだろうと想像できたが、想定を上回る世間知らずっぷりだったというわけだ。
「で、エイミーはこれからどうするんだ?」
「はいっ、まだまだ進みます!」
「はぁ……」
アキラは思わずため息をつく。
なんとなく予想できた返答であるが、これも『教え』という物を日々叩きこまれている影響なのだろうかと頭を抱える。
気になることもあるし、一つ提案をしてみることにした。
「こんな田舎になにをしに来たのか、話せないなら話さなくていいけど。
ハッキリいって、君がこのまま目的を果たせるとは思えない」
「うぅっ、なんでそんなこと言うんですかぁ……?」
「自分の惨状を振りかえってくれないかな」
アキラの青筋が浮かび上がる。
訂正、この子は天然だ。いや、バカだ。
「しかし」
「神託かなにか知らないけど、死んだら元も子もないだろ。神様も、そんなことは望んじゃいないと思うし」
「そうでしょうか……」
「うん、じゃなきゃ君の神様はクソだ」
「ちょっ」
エイミーが慌ててアキラの口を塞ぎにかかる。
「イドではぜーったいにそんなこと言わないでくださいね。街のみんな怒っちゃいます!」
「わ、わかった」
「今回は見逃しますけど、私も怒りますよ」
ぷんぷんと頬を膨らませている。
アキラとミクリが興味本位で両側からそれぞれ頬を突いてみると、プスッと空気が漏れる。
エイミーは顔を赤くして、「本気で怒ってるんですからね!」と、今度はムスッとした。
「そんなことより、一度帰って準備を整えた方がいいんじゃないかって話」
「むむっ」
「期間についてはなにか言われてる?」
「いえ、特には決められていません」
「なら尚更。神託がどれだけ大事かは僕に想像はできないけど、目的を果たすために一番大事なことは根気や諦めないことなんかじゃない。
怪我や病気にならず、準備をしっかりすることだ」
なんで初対面の少女にこんなことを言っているんだと、アキラは眉が寄りそうになるのを我慢した。
なんなら、エイミーの両親や上司に文句の一つでも言ってやりたい気分だった。
「確かに」
「この先に行ってもあるのは僕たちが住んでいた村くらいしかない。正直、こんなところに何しに来たんだって思いもあるし」
そうしたアキラの説得に一定の納得がいったのか、エイミーはうんうんとひとりでに頷いた。
「わかりました。一度街に戻ろうと思います」
「よし。僕はアキラだ。こっちは妹のミクリ」
「へいっ」
ミクリが気のない返事と挙手で返す。
「俺は荷運びをしているヲングだ」
「アキラさん、ミクリさん、ヲングさんですね。みなさんありがとうございました! この御恩は一生忘れません!」
気持ちよくそう言って、方位磁石片手に真っすぐ西へ向かって歩き出すエイミーのフードをアキラは素早く掴む。
「ぐえっ」
「僕が悪かった、ごめんね。一緒にいこうね」
無銘の神剣 一十百千(いとうももち) @ito_momochi9
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