イケメンに学ぶ生活の知恵
間 気楽
第1話
今、僕の後ろには、イケメンが立っている。黒髪で、制服を着た、高身長の、おそらく僕と同い年くらいの、イケメンが。このイケメンは、僕以外の人間からは見えていないようだ。学校から家に帰る時も、トイレをするときも、お風呂に入る時も、常に僕の背後に無表情で立っている。僕は最初、このイケメンは僕の守護霊なのだと解釈した。そして、試しに彼に次の質問をしてみた。
「もしかして、君は僕の守護霊なのかい―?」
すると、そのイケメンは首を横に激しく振った。僕が、「もういいよ」って言うまで、ずっと振り続けた。ちょっと怖かった。でも、とにかく彼が守護霊でないことははっきりと伝わってきた。それからは、彼に話しかけたら、また延々と首を振り始めるのではないかと、怖くて彼に話しかけることはやめた。
イケメンが僕の背後に現れてから三日が経過したあたりから、僕は彼について考えることをやめた。彼の顔には全くと言っていいほど見覚えがなかったし、話しかける気も失せてたから、もういないものとして扱うことにした。僕が彼に干渉することをやめれば、自然と姿を消すのではないかと期待してのことであった。それに、もし彼が残り続けたとしても、これまでの三日間、彼が背後にいて不便を感じたことはなかった。だから、自分が彼の存在を無視すれば、これまでと変わらぬ生活を送れると考えたのである。最初、トイレについてきたときは、正直恥ずかしかった。でも、いざ僕が用を足し始めると、彼は目を瞑り、鼻を手でつまみ不快そうな顔をした。まず、衝動的に殴りそうになったが、むしろ好都合だと思って快適に用を足した。風呂に入る時も、彼は僕の一物を見て嘲笑するだけで、それ以外のことはしてこなかった。つまり、総じてそのイケメンのことは嫌いであったが、無視さえできれば無害であった。そのはずだった。
イケメンが背後に現れてからちょうど1週間が経過した日の夜、僕はなかなか眠りに着けず、ベッドの中で30分くらい、もぞもぞしていた。すると、イケメンが急に僕の頬をひっぱたいてきた。僕はあまりの衝撃に状況を把握するのに、約30秒を要した。まず、そのイケメンが自分に触れられることが、かなりのショックであった。頬をさする僕に向かって、イケメンが初めて言葉を発した。
「よく眠れないのか? 三四郎。」
僕は、彼が喋れるという事実に二度目のショックを受けた。
「う、うん、まあ」
「じゃあ―」
イケメンはそう言うと、僕の手を取って、それを僕の股間の上に乗せた。そして、こう言ってきた。
「なあ三四郎、人体で最も大事な部位はどこだと思う?」
僕は、なぜ、今自分の手を自分の股間に押し付けられているのかについて、全く理解できていなかった。ただ、なんとなく聞きにくかったから、それについては無視することにした。
「うーん、脳?」
僕がそう答えると、イケメンは、僕の股間に乗せている手をぐっと押した。僕は、一瞬自分の意識が飛ぶのを感じた。そして、片玉の感覚がなくなったことに気づいた。
「違う、股間だ」
イケメンは無表情でそう言った。
「よく眠れないときは、まず自分の股間の状態を確認してほしい。自分の股間がしっかりと守られているのかを。例えば、今、三四郎は毛布をかけずに大の字を描いて寝ていたね? それじゃあ、だめだ。全然股間が守られていない。そういう時は、毛布をかけてやれ、特に股間の部分を覆うように。今は、近くに毛布がないから、自分の手で代用しろ。さあ、この状態で寝たまえ」
僕は自分の手を股間に押し付けられた状態で、ベッドに寝かしつけられた。僕は、こんなんでよく眠れるかと思ったが、目を瞑ると気づいたら朝になっていた。悔しいほどの快眠だった。ベッドから起き上がって、後ろを見るとイケメンがどや顔でこっちを見て、うなずいていた。
「なあ、お前の名前はなんて言うんだ?」
僕は思わずそう聞いていた。
「俺か? 俺の名は志成(ゆきなり)だ」
イケメンに学ぶ生活の知恵 間 気楽 @hazamakiraku
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