第35話 結婚式当日―2
「ちょーっと待ったぁー!」
教会のある丘の下の方から、必死に馬を走らせて来る人の叫び声が聞こえた。
あの声はロ…ロレンツィオ様。
司祭は、ポカンと口を開けて結婚式の進行を止めた。
父も母もただただ驚いて、馬から降りてくる青年、カンパニーレ侯爵の姿に唖然とした。
カンパニーレ侯爵が現れた瞬間、空を覆っていた雲間から日の光が射しこんだ。
まるで、神が奇跡を起こした瞬間のように輝かしい登場だ。
―ロレンツィオ様だぁー
侯爵は馬を降り、肩で息をしながらわたしの前に歩いて来た。
「ハァッ、ハァッ……、間に合いましたか」
「お帰りなさいませ、旦那様」
うやうやしく頭を下げるジョバンニを、ロレンツィオ様はギロリと睨みつけた。
「どけっ! そこはわたしの場所だ!」
侯爵はジョバンニを足蹴にしてどかせた。
「すみません、旦那様」
突然の侯爵の暴言に、その場にいた一同が固まり、一瞬にして場の空気が凍った。
「あの、ロレンツィオ様?」
「あ、すみません。つい、戦闘モードからの切り替えがうまくできなくて」
頭をかいて謝る侯爵を見て、母が驚きの声を出した。
「まあ、こ、これが、カンパニーレ侯爵ですか?」
侯爵もジョバンニもわたしの母に向かって謝罪した。
「申し訳ございません!」
「なんて、なんて……」
母が何かを言ったら終わりだわ。
母はクレメンティ家の陰の実力者なんだから。
「なんて、イケメンなの!」
は?
「あなた! カンパニーレ侯爵がイケメンだって、なんで教えてくれなかったの?」
「あれ、言ってなかったっけ」
「ビアンカが何か言ってたような気がしますが、あなた、言ってませんよね」
「そうだったかな。言ったかと思うがな」
ポリポリと首筋を掻いている父。
「こんなにカッコイイ方が、うちの義理の息子になるんですよ。
ニコロの義理の兄になるんですよ。
あなた! こんなに重要なことをわたしに隠していたなんて」
「か、隠しちゃいないよ。お前が聞かないから言わなかっただけだ」
「まあ、あきれた。わたしが悪いんですか?」
これは、わたしが仲裁に入らないと収まらない。
「お母さま、もうやめてください。ロレンツィオ様が困っております」
「あらやだ、ごめんなさい。カンパニーレ侯爵」
「はい?」
「もっと早くわたしと巡り合えていたら……」
「お母さま、それ以上は……」
「巡り合えていたら、もっと結婚持参金をもっと多くしたものを」
え?
「今からでも遅くないわ。あなた、結婚持参金を十倍にしてください」
「お前、さっき教会への寄付金を上げたばかりだぞ」
「それはそれ、これはこれです。いいですわね!」
「わかった。カンパニーレ侯爵、お聞きの通りだ。持参金を十倍にする」
「それだけではありません。必要であればいつでも、協力を惜しみません。
これから親戚関係になるんですもの」
「ありがとうございます。クレメンティ伯爵夫人」
侯爵は、母に膝まずき感謝した。
「それでは、婚礼の儀。仕切り直しします。よろしいですか? カンパニーレ侯爵」
「はい、お願いします」
侯爵は司祭にお辞儀してから、改めてわたしの方に向き直った。
「モニカさん、きょうはとても美しいです。そのブーケは、カモミールですよね」
「はい、侯爵の裏庭から採ってきちゃった」
「そのドレスは、見覚えのあるレースが使われていますが」
「すみません、これも侯爵の家から……」
「知っています。わたしが取りました、それ」
え? バレたどころか、侯爵が自ら取ったって?
嘘でしょ。恥ずかしい。
「ごめんなさい、こんな身なりで」
「どうして謝るのですか。こんなに上手に着こなしてくれて、
メイドたちもカーテンも本望でしょう。とても美しい…です」
オッホン、
司祭さまの咳払いが聞こえた。
婚礼の儀の準備ができたようだ。
*
そして、滞りなく結婚式を挙げることが出来て、わたしはめでたくカンパニーレ侯爵の妻となった。
式が終わると、侯爵はわたしを抱き上げて馬に乗せた。
侯爵も馬にまたがって、すぐにどこかに行こうとする。
ジョバンニが慌てて、呼び止める。
「旦那様、どちらへ」
「あとは頼みます、ジョバンニ。
クレメンティ伯爵ご夫妻、どうぞカンパニーレ邸でゆっくりなさっていてください。
ちょっと、お嬢様、いや、妻に見せたい場所があるので連れていきます」
妻にだって、でへへ。
馬は山を登って行った。
「どこまで行くの、ロレンツィオ様」
「秘密です。もうちょっと、しっかり捕まっていてください」
侯爵の背中にしがみつく。
キャー、広い背中、汗の匂いと体温がたまりません。
わたしって、変態。
しばらくすると、馬は歩みを止めた。
「ここです。ここをモニカにみせたかったんです」
ちょっと待って、今、呼び捨てにしたでしょ、モニカって。
それ、ちょっとドキッとした。
侯爵に言われて、周りの景色を見て驚いた。
そこには、一面に高山植物のエーデルワイスの白い花が咲いていた。
「すごい、きれい!」
「この時期しか見られませんからね」
侯爵の言葉にわたしは感動した。
なぜなら、結婚式を急いだ理由がわかったから。
この景色をわたしに見せたかったのだ。
「嬉しい。でも、結婚式を挙げなくてもここに来れるじゃないの」
侯爵はわたしを馬から降ろし、高原に立たせて言った。
「わたしが初めてこの景色を見たのは、父に連れて来られたときでした。
父は、母と結婚したときに、エーデルワイスの花が咲くここで愛を誓ったそうです。
その話を聞いて、わたしも子供ながらに素敵だなぁと思いました。
自分が好きな人と愛を誓うならここにしようって決めていました」
「ロレンツィオ様…」
「今を逃したら、一年先延ばしになってしまいますからね」
「うん、そうね。それはわたしも困るわ」
二人で顔を見合わせて笑った。
笑いながら、エーデルワイスの咲いている高原をゆっくりと歩いた。
突然、笑いがとぎれて、沈黙が続いた。
「どうかしました? ロレンツィオ様」
「今日、戦場でたくさんの人を倒しました。
ですが、敵に向かって和平の準備があると宣言してきました。
モニカの言っていた夢への第一歩です。
モニカの夢は辺境の地に病院を建てることですよね」
「正解です。あのときまではね」
「クレメンティ伯爵からも協力をもらえそうだし、叶えましょう、モニカの夢」
「ロレンツィオ様、わたしの夢はあなたの妻になることです。もう叶いました」
「じゃあ、次の夢、平和な社会を二人で叶えましょう。
病院を建てて、国境を越えて多くの人の命を救いましょう。
モニカ……、ずっとわたしのそばにいてください」
「はい」
返事の後の言葉が続けられない。
嬉しすぎて涙がこぼれてしまう。
「悲しいのですか?」
「いいえ、嬉しくて泣いています」
「恋の病、重症ですね」
「この病のままでいさせてください」
「しょうがないですね。もっと重症になっても知りませんよ」
侯爵はわたしをギュッとハグしてささやいた。
「ロレンツィオ様、顔が近いです」
「誰も見ていません」
エーデルワイスの花と馬だけが、わたしたちをチラ見していた。
「あ、」
「どうしました? モニカ」
「ロレンツィオ様に、カモミールティーを飲ますのを忘れてた」
「あ、カモミールティー! 急いで戻りましょう」
もう戻るんだ。
相変わらず、お忙しい。
「モニカ、この続きは今宵必ず!」
「はい、ロレンツィオ様! 今宵?」
今宵と聞こえたわ、確か今宵と…
馬は急いでカンパニーレ邸へと、山を降りて行った。
わたしとロレンツィオ様を乗せて。
難攻不落の冷徹侯爵!ギャップでキュンキュンさせるのは反則です 白神ブナ @nekomannma07
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