追章【美希】 日記
久々に体調不良で学校を休んでしまった。
今月はGWがあったので無欠席で切り抜けてやろうと意気込んでいたが、難しかったようだ。
この前の日曜日、スポッティで少し無理をしすぎたのかもしれない。
体調を崩したときに大人しく帰っておけばよかった。
だが、あそこでわたしが帰ってしまえば、きっとあのケダモノは残りの時間で姉やアユちゃんとよろしくやった上に、あわよくば手籠めにしようとしていた可能性もある。
二人を護るためにも、わたしだけが先に帰るわけにはいかなかった。
別にわたしも一緒に手籠めにされかったわけではない。断じて。
ともあれ、今日みたいに体調が悪い日は、体だけでなく心にも栄養が必要だ。
わたしは二段ベッドを降りると、姉の勉強机の前まで歩いていった。
姉は勉強用のノートをならべた棚の中に、日記帳を紛れ込ませている。
といっても、見た目はごくごく普通のノートだ。
表紙にはネームペンで年月日だけ書かれていて、一見しただけではまず日記とは分からない。
わたしも姉が日記を書いているなんて、最近まで知らなかった。
たまたま今日のように体調不良で休んでしまったとき、自頭の良い姉がどんなノートの取りかたをしているか気になって机を漁っていたら見つけたのだ。
それ以来、わたしは姉のいないときにその日記を盗み見るのが密かな趣味になった。
わたしの知らない姉の姿を思うとゾクゾクする。心が満たされるのだ。
今日も姉の日記で心の栄養補給といこう。
前回の続きは……このあたりか。
・5月6日(月)
今日はまたハルナからアッくんに関する相談を受けた。
未だにアッくんに話しかけられない状況をなんとかしたいらしい。
さすがにもう「昔のことなんて気にせず気軽に話しかけなよ」と言っても意味はなさそうだ。
わたしは「せっかく同じ美術部なんだから、スケッチブックになにかアッくんの興味の引きそうなものを描いて目の前で落としてみたら?」と提案してみた。
好きな男の子の前でものを落とすというのは、古来から伝わる恋愛術だ。
ハルナは明日さっそくやってみると言っていた。
いよいよハルナとアッくんが本格的に接触してしまうかもしれない。憂鬱だ。
ハルナか。姉の恋路の邪魔をするメギツネめ。
アツにい――あのケダモノと姉がくっつくのはかなり癪に障るが、姉にとってはアレこそが人生そのものみたいな面もあるから妹としては応援してやらざるを得ない。
そして、もし本当に二人が交際したとなれば、きっとあのケダモノのことだから確実にわたしもその歯牙にかけてくることだろう。
そうなれば、毎晩毎夜、わたしと姉は獣のごとくあのケダモノの慰み者にされるのだ。
くそ、想像したら股がムズムズしてきた。くそ、アツにい……そんなとこ触っちゃダメだよ……。
・5月7日(火)
話を聞いて、思わず心の中で爆笑してしまった。
まさかおちんちんのスケッチとはね。
アッくんが興味を引きそうなものを描けと言ったのに、自分が興味あるものを描いてしまうとは。
しかも、その日の部活のあと、アッくんにダヴィデ像のおちんちんを触っているところを見られてしまったらしい。
まさかアッくんとのファーストコンタクトがこんな形になるなんて、運命の神様とは恐ろしい。
まあ、正確にはファーストではないのか。
昨日の晩、あんなに落ち込んでたのがバカみたいだ。
といっても、アッくんの性格を考えると、まだまだ予断は許さない。
とりあえず、少しでもわたしのことを意識させるためにパジャマの自撮りでも送っておこう。
おちんちんのスケッチ? なかなかのパワーワードが出てきたな。
とりあえず、メギツネがちんちん好きなことは分かった。
はしたない女め。
まあでも、考えてみれば姉も相当なちんちん好きだからそこはそんなに変わらんか。
というか、謎にパジャマの自撮りをしていたのはアツにいに送るためだったのか。
どうりで何度も撮りなおしていたわけだ。
・5月8日(水)
どうやらハルナのブレーキがぶっ壊れてしまったらしい。
あんなに露骨にアッくんをガン見するようになるとは思わなかった。
しかも、本人は自覚がなさそうだ。面倒なことになった。
さすがにアッくんもハルナの様子には気づいたみたいで、わざわざ向こうからわたしに相談してきた。
ハルナへの義理立てとして直接対面を提案してみたけど、どうなるだろう。
アッくんがハルナと二人で話しているところを想像すると気が滅入る。
今日はさっさと一人遊びに耽って寝ることにしよう。
この日のことはよく覚えている。
姉がいつも以上に大きな声を出していたからだ。
わたしも我慢できず上の段でしてしまった。
まったく、スケベな姉を持つと妹が苦労するんだ。
・5月9日(木)
まさか、アッくんとハルナが屋上で一緒にお昼を食べるようになるとはね。
あまりのショックにサンドイッチが喉を通らなかった。
おまけにクラスのヤンキーっぽい子まで屋上に行ってたみたいだけど、何があったんだろう。
ここまで順調にアッくんを独り占めできてたのに、やっぱり中学と高校じゃ環境がまったく違う。
このままアッくんをハルナに取られてしまったらと思うと胸が苦しい。
もしそうなったら、もういっそアッくんを殺してわたしも死のうかな。
うわ、姉がヤンデレ化しかかってる。メギツネめ……。
今朝の姉を見るかぎり、少なくとも今は難所を乗り切ったようだが、一時はこんなにも追い詰められていたのか。
最近、やたら一人遊びがすぎるとは思っていたが、こういった事情とあれば仕方ない。
わたしも姉のよがる声を聴きながらするといつもより興奮できるということが知れたし、良い経験になった。
・5月10日(金)
今日、アッくんは久々にわたしのことを親友と言ってくれた。
いつまでもその座に甘んじてるつもりはないけど、それでもアッくんの中で確固たる地位を保てていることが確認できてひとまず心の安寧を取り戻すことができた。
ただ、体育の授業をサボって保健室に行ったアッくんをハルナが普通に追いかけて行ったことには驚きを通り越して恐怖してしまった。
先生にもまったく声をかけず、本当にふらっと追いかけて行ってしまったのだ。
もう完全にブレーキがぶっ壊れている。
ハルナはたった一つのきっかけからどんどんアッくんとの距離を詰めにいっているのだ。
あれだけ最初の一歩を踏み出すのに苦労したくせに、一度アクセルが入るとこうまで変わってしまうのか。
それに、あのときの保健室にはあのヤンキーっぽい子もいたはずだ。
アッくんの周りに急に女の子が集まっている気がする。毎日、気が気じゃない。
明日はアッくんとアユちゃんが家に遊びに来る予定だけど、あわよくばそこで押し倒してしまおうか……。
親友と言われるだけで心の安寧を取り戻している姉の純真さに心のときめきがとまらない。
こういったここでしか得られない栄養を摂取するためにわたしはこの日記を読んでいるのだ。
しかし、メギツネめ。ここまで姉を翻弄するとは、よほどの手練れのようだな。
いつかリアルでその顔を拝んでみたいものだ。
うっかりわたしも心を奪われてしまったらどうしよう。
・5月11日(土)
今日はアッくんたちと盛り上がりすぎてしまった。
盛り上がりついでに互いの貞操をかけて勝負しようと提案してみたが、アッくん側にメリットがないからと断られてしまった。
アッくん、ほんとにおちんちんついてるのかな?
勝っても負けても初物セックスが保証されてるのに、なんでメリットがないとか言えるんだろう。
童貞を拗らせすぎるとああなるのかな。
たぶんわたしにも責任の一端がある気はするけど……。
ゲームのあと、みんなで見た『キングコングVS100匹のコング』のクソっぷりには久々にアッくんのクソ映画ソムリエとしての実力を見せつけられた気がする。
まさかスカイツリーで100匹のコングがキングコングを覆いつくして蒸し殺しにするとはね。
しかも、そのままオブジェとなって日本の新たな象徴となる展開は予想外すぎた。
あんな展開を思いつくほうもそうだけど、あんな映画を見つけてくるアッくんも天才だと思った。
やっぱりわたしの惚れた男は一味違うね。
あの映画か……。
あまりにクソすぎて、わたしは途中からずっとアユちゃんの寝顔を眺めていたっけな。
あんな映画で盛り上がれる二人は確かにお似合いだと思う。
アユちゃんなんて開始10分で寝てたし、正直、わたしもだいぶ眠かった。
別にアユちゃんが寝てる間にうっかり姉妹丼される展開にならないかなぁ――と期待して起きていたわけではない。断じて。
どのみちわたしが寝たらあのケダモノと姉がこれ見よがしにドッキングしてしまう可能性があったし、そうなればきっとわたしも姉妹丼されてしまう。
それならば、やはり寝込みを襲われるよりもしっかりと抵抗したふりをして弄ばれたい。
あそこで寝るわけにはいかなかった。
・5月12日(日)
今日は久々に家族で郊外にある大型ショッピングモールに行った。
いちおう眼鏡はかけていたのだが、わたしがサキであることに気づいたファンの子にツーショットをお願いされたのはびっくりした。
自分で思っている以上に有名になってきてるのかもしれない。
パパが先にホームセンターのほうを見に行きたいというので、その間は美希と一緒にゲーセンで時間を潰すことにした。
VewTubeで動画を見ながらひたすら運指練習をしていたエンドロールをSランクでクリアできるようになったのは収穫だった。
嬉しすぎてアッくんに報告してしまったくらいだ。
これでハルナと一緒に遊ぶときも敗北感に苛まれずに済む。まあ、あの子はレベチすぎるけど……。
買いものを終えたパパたちと合流したあとは、アパレルショップで前から狙っていた本番用の下着を買った。
こんなセクシーな下着を着たわたしを見て悩殺されない男はいないだろう。
今夜のオカズにしてもらうために完璧な角度で写真を撮ってアッくんに送った。
明日、感想を聞いてみよう。
やっぱりあの写真はアツにいに送るためのものだったのか。
照明の位置やらカメラの位置やらのセッティングを手伝わされた上にやたらリテイクを繰り返すものだから、途中で父に見つかってすごく気まずくなった覚えがある。
あのあと、わたしが父に姉とアツにいの進捗状況について確認されたことは知っているのだろうか。
いちおうあのケダモノはヘタレだからまだ姉には手を出してないと思うと伝えておいたが、父はどちらかというと姉のほうがアツにいを襲っていやしないかと心配していた。
まったく、あんなケダモノに何の配慮をする必要があるというのか。
あれだけ姉が再三にわたって姉妹丼してもいいと誘っているのに、姉はおろかわたしにすら手を出さないヘタレだぞ。姉に襲われるくらいでちょうどいい。
・5月13日(月)
ハルナからアッくんとデートしたという話を聞いた。
アッくんがわたしの下着姿でシコったかどうかなんて一瞬でどうでも良くなった。
わたしが家族と休日を過ごしている裏で、ハルナは着実にアッくんとの距離を縮めていたのだ。
別に最後までやったわけでもなければ連絡先を交換したわけでもないと聞いたときのわたしの安堵感は、受験の合否が分かった瞬間よりもはるかに大きなものだったと思う。
流れで最後までやってしまったなんて聞かされてたら、どうなっていたか分からない。
アッくんが童貞を拗らせていて本当に良かった。
これに関しては、これまでのわたしの功績が身を結んだと言えるだろう。
よくやったぞ、わたし。アッくんの純潔を守ったぞ。
でも、もうそろそろ限界だ。
ハルナにもこれ以上は隠し通せない。
わたしはハルナにアッくんを取られたくない。
これ以上はハルナに協力できない。
この日記を書いてる時点でもかなり参っていたのか、字が揺れまくっている上に涙の跡のようなものがページのそこかしこに残っていた。
あのメギツネめ、ここまで姉を苦しめやがって……。
それに、あのケダモノもだ。さっさと姉妹丼していれば姉の溜飲も下がるだろうに、どうしてその簡単な一歩を踏み出すことができないのか。
いつもわたしの胸ばかり見ているドスケベのくせに、まったく理解に苦しむ。
今度、試しに触らせてみようか。
いやいや、でも、そんなことをしたらうっかり姉よりも先にわたしを襲ってしまうかもしれない。
そうなれば姉の闇落ちは必至だ。
くそ、ケダモノめ。さっさと姉といたしてしまえよ。先延ばしにする分だけ、こっちも生殺しが続くんだぞ。
・5月14日(火)
最後の餞別として、アッくんに助言を伝えた。
そして、そのことをハルナに教え、その上でもう協力はできないことを伝えた。
ハルナは別に驚いてなかった。
まあ、教室でのわたしの態度を見ていればさすがにあの子でも気づくか。
ハルナはそのことで怒ったりはしなかったが、わたしに対して遠慮するつもりもないと言った。
そんなことは最初から分かっている。あとはアッくんがどうするかだ。
賽は投げられた。あとは神のみぞ知るのだろう。
大丈夫。きっと運命はわたしに味方してくれるはず。
運命がわたしに味方しないなら、わたしはこんな世界いらない。
姉のヤンデレ化が着実に進んでいるのを感じる。
よくも悪くも裏表のギャップが激しくて胸のときめきがとまらない。
姉があのケダモノを殺すというならわたしも手を貸そう。
そして、あのケダモノの亡骸を二人で犯すのだ。生の終いに姉妹丼というわけだ。
ああ、想像していただけで股がムズムズしてきた……アツにい……。
・5月15日(水)
今日ほど心を揺さぶられたことがあるだろうか。
アッくんの描いてきたスケッチの内容は、もう体だけでなく心もまでも濡らされるほどとんでもないものだった。
おそらくは何かエロ漫画でも参考にしたのだろうが、モデルになっている女の子のほとんどが眼鏡をかけていたのだ。
アッくんは意図してそう描いたのだろうか。
その上でわたしに見せたのだろうか。
あるいは無意識に? 潜在意識の中でついつい女の子に眼鏡を描いてしまったと?
どちらであったとしても、こんな思わせぶりなことをされて心身を濡らさない女がいるだろうか。
我慢できずに一限の途中でトイレに駆け込んでしまった。
授業中という背徳感もあって、ついつい三回も励んでしまった。
アッくんとハルナの密会よりもスケブのことばかりが気になってしまい、けっきょく強奪するような形で持って帰ってきてしまったほどだ。
家に帰ってもずっとソワソワしてしまって、晩御飯を食べたあとは部屋にこもってしばらく一人遊びに耽ってしまった。
あまりに良かったので妹にも貸してあげた。
妹は気のないふりをしていたが、わたしがシャワーを浴びて部屋に戻ってきたときには部屋の電気を消して励んでいるようだった。
妹にもアッくんの描いたあの画集の素晴らしさが伝わってくれて嬉しい。
やっぱり姉妹なんだなーという魂のつながりを感じた。
ああ、あのスケブを持って帰ってきた日のことか。
あれはさすがにわたしも衝撃を受けた。
姉の目にどう見えていたのかはこの日記からしか判別できないが、わたしには明らかにあのケダモノが姉を意識して描いているとしか思えなかった。
絵自体はそこまで上手いものではなかったが、アツにいが
姉を思って描いたのかもというそのシチュエーションがヤバかった。
あの日は姉が部屋に戻ってきたことが分かっていても手をとめることができなかった。
わたしはどちらかというとシチュ萌え派なので、もうこのシチュエーション自体がわたしの琴線に触れて仕方がなかったのだ。思い返すだけで股がムズムズしてくる。
くそ、あのケダモノめ……どれだけわたしたち姉妹を惑わせば気が済むんだ……。
・5月16日(木)
急転直下だ。ハルナからアッくんを襲ったという連絡を受けた。
失敗したらしいが、ハルナの覚悟と実行力に背筋が凍るような思いだった。
そして、それをわざわざ報告してくることにも恐怖を覚えた。
これはきっと宣戦布告なのだ。
自分は一切手を抜くつもりはないという意思表明なのだ。
ただ、アッくんのガードがわたしの想像以上に堅いことが知れたのはよかった。
本当に童貞を拗らせてくれていて良かった。
まだ世界はわたしの味方だった。
メギツネめ、随分とアグレッシブなようだな。
あれだけ積極的なくせに本質が誘い受けな姉と違って、本気で落としにかかっているようだ。
今回についてはあのケダモノのヘタレ具合に助けられたかもしれない。
もう少しで姉が闇落ちするところだった。
もしも姉が闇落ちでもしようものなら、わたしがアツにいとアユちゃんで兄妹丼をしてやる。
・5月17日(金)
今日は久々に目立った出来事のない一日だった。
ただ、いつものアッくんなら金曜までに一度は土日の予定を聞いてくるはずなのに、今週はまだ聞かれていないのが気になるところだ。
明日は土曜授業の日だから、学校で確認するつもりなのだろうか。
嫌な予感がする。当たらなければ良いけど……。
・5月18日(土)
嫌な予感が当たった。連絡をくれたアユちゃんには感謝しかない。
まさかあのヤンキーっぽい八鳥さんとアッくんの間にフラグが立っていたとはね。
確かに前からチラチラとアッくんのほうを見ているとは思っていたが、本命はあくまでハルナのほうだと思っていた。
あるいはカモフラージュだったのだろうか。だとしたら大した腕前だ。
デート中、アッくんが気づいていたかどうかは分からないが、時間を追うごとに八鳥さんの顔がメスの顔になっていくのが見ていて辛かった。
八鳥さんもチョロい子なのだろうが、おそらくアッくんがナチュラルに口説いてるのだろう。
可愛い顔や服、可愛い仕草に対して素直に可愛いと言えるのがアッくんの強さだ。
アレにハマると一瞬で沼に落ちる。中二のときのわたしがそうだったから間違いない。
昼過ぎにあっさり解散してくれて本当に助かった。
いざというときには横から掻っ攫うつもりで本気で着飾ってきたけど、そこまでは必要なかった。
なんにしろ、やはり待っているだけではまずいみたいだ。
だから、カラオケに拉致ったあとに日曜日の予定を押さえた。
これで明日は少しだけ心安らかに過ごせるだろう。
なるほど、あの日、化粧のレベルがいつもと違ったので撮影でもあるのかと思っていたが、八鳥とかいう女に対して格の違いを見せつけるためだったのか。
いよいよ姉も尻に火がついてきたようだ。
燃え上っていくその情念を想像するだけで体の芯からゾクゾクしてくる。
しかし、あのケダモノめ、また無自覚に無垢な女性を篭絡しているのか。
これ以上、アレの犠牲者を増やしてはいけない。
あのケダモノの呪縛に苦しむのは我ら飯塚姉妹だけで十分だ。
別にヤキモチを妬いているわけではない。断じて。
・5月19日(日)
満たされた一日だった。
アムザ前でナンパ持ちっぽく振る舞っていたらあっさりと男が連れて、そのあとアッくんはしっかり彼氏としての役目をまっとうしてくれた。
アッくんにはわたしの計略などばっちり見抜かれていたが、それでもしっかり期待に応えてくれるところが堪らなく愛おしい。
美希が苦しそうにしていることにもよく気づいてくれた。
わたしは少し浮かれてしまっていて、自分の妹のことなのに気づけていなかった。
美希もさすがに今回の件はだいぶ効いていたみたいだ。
あのあと少し長めのトイレに行ったのは、我慢できなくなってしまったからだろう。
わたしも途中で我慢できずに一回してしまったから気持ちは分かる。
女子は少しくらいトイレが長くても不思議に思われないからそのあたりは得だ。
ただ、最後の最後でアッくんをホテルに連れ込めなかったのは失敗だった。
まさか両手両足を二人がかりで担ぎ上げているにも関わらず脱出されるとはね。
アッくんの童貞を奪うのは本当に一筋縄ではいかなそうだ。
くそ、さすが我が姉だ。わたしの行動などお見通しというわけか。
しかし、あのケダモノがわたしの気遣いをまったく理解していないことが本当に腹立たしい。
わざわざ他の男に性的な目で見られないようにと思ってあんなものをつけているというのに、当の本人があれでは何のためにわたしが苦しい思いをしているのか分からない。
童貞なら童貞らしく、もう少し見苦しいくらいの独占欲でわたしを束縛してほしい。
わたしは自分の魅力をオープンにする姉とは違う。
大事な人以外には見てほしくないのだ。
・5月20日(月)
アッくんを見るヤトリンの目が完全に女の目になっていた。
まさか、ここにきて新たなライバルの出現とはね。
さすがにわたしが本気だと言うことくらいは分かってくれているだろうか。
まあ、そもそもヤトリンにはわたしがただのオタク女にしか見えていないかもしれないけど。
強がって二人を屋上に見送ったけど、その時点ですっかり食欲をなくしてしまった。
でも、戻ってきたアッくんがわたしがお昼を食べるのを待っていたと解釈してくれたのは嬉しかった。
そういう天然なところがまた無自覚に周りを沼に落としていくんだよ。
きっとこれから先、世界が広がるたびにライバルも増えていくような気がする。
わたしも本当に覚悟を決めないといけない。
そういえばダンス教室でハルナと顔を合わせたが、今日はあまり話ができなかった。
あの一件があってから、ハルナとは少し気まずい状態が続いている。
ただ、できればまた今までどおり仲良くしたいと思っている自分もいる。
こっちもどうにかならないものかな……。
ふむ、姉はメギツネとの友情も大切にしているのか。
あれほどまでに姉を苦しめたというのに、それでも壊れない友情とはなんなのだろう。
わたしは別に姉があのケダモノと何をしようがどうとも思わない。
ああ、でも、アユちゃんが超えてはいけない一線を越えてしまったらと思うと、胸が苦しくなってしまう。
そうか、そういうことなのか?
アサキ兄妹がもしも禁断の関係になってしまったとしたら、きっとわたしはアユちゃんを憎むだろう。
だが、同時に愛おしさも感じるはずだ。
計らずしもアサキ兄妹によって弄ばれるという新たなシチュエーションを未来視してしまった。最高だ。
そうか、姉にとってはあのメギツネもまた大事な存在なのか……。
しかし、そう考えるとこのヤトリンとかいう女は余計なノイズだな。
メギツネ二号だ。くそ、アツにいの周りをチョロチョロするな。
・5月21日(火)
アッくんが何かに気づいた顔をしていた。
昨日、ヤトリンと話していたことがきっかけになったのだろうか。
ヤトリンは体育の時間にハルナと何か話をしていたようだし、ひょっとしたらいよいよハルナの過去を知ってしまったのかもしれない。
その日、お昼休みにアッくんとハルナとヤトリンの三人がそろって教室から姿を消し、昼休みが終わる前にハルナは早退していった。
何があったのかは分からない。
心配になってハルナにメッセージを送ってみたが、無視されている。
何か状況が大きく動きはじめているような予感がする。
・5月22日(水)
ヤトリンにわたしがサキであるということがバレた。
ヤンキーっぽい子だと思ってたから、ファッション雑誌を読んでいたなんて意外だった。
どちらかというとギャルに近いのかもしれない。よく見ればマニキュアも綺麗だし。
こんなに身近に自分のファンがいると思うと嬉しいような恥ずかしいような不思議な気分だ。
そして、アッくんもずっと隠し続けていたわたしたちの秘密に気づいてしまった。
嫌われるのではないか、軽蔑されるのではないか……生きた気がしない瞬間だった。
でも、アッくんはわたしたちの友情が本物かどうかというその一点しか気にしていなかった。
本当に馬鹿なやつ。だから、わたしはアッくんのことが愛おしくてたまらないんだ。
わたしはこの絆を信じることにした。
アッくんにハルナの家の住所を教えた。
それからしばらくして、ハルナからアッくんを襲ったけどまた失敗したと連絡がきた。
絆がどうとか言ってる場合じゃなかった。
あの子、ヤバいわ。本気も本気だ。
ヤトリンとかいう女、姉の正体に気づいたのか。それはなかなかすごいな。
芋娘状態の姉とサキを結びつけられる人間がいるとは思わなかった。
よほど推理力か情報収集力が高いのかもしれない。侮れない女だ。
それにしても、メギツネめ。またしても実力行使に出るとは、はしたない女だ。
しかし、二回も襲われておきながら二回とも退けるとは、あのケダモノのヘタレ具合もなかなか極まっているな。
さすがは姉の誘惑を二年近く振り切り続けるだけはある。
・5月23日(木)
ヤトリンがアッくんにわりとガチ目に告白しているところを見てしまった。
何だか本当に純情を絵にかいたような場面で、不覚にもときめいてしまった。
だけど、おいそれとアッくんを渡すわけにはいかない。
ハルナも本気、わたしも本気だ。もうこれ以上は待っていられない。
勝負の火ぶたは切って落とされた。
誰にも渡すもんか。
絶対にわたしがアッくんの童貞を散らしてみせる。
日記はここで終わっている。
最後の日記は内容こそ短いがしっかりとした筆跡で書き記されていた。
姉の覚悟が伝わる文字だ。
いよいよあの姉が攻めに出るのか。
となると、さすがにあのケダモノも年貢の納めどきかもしれない。
わたしから見ても、これまでの姉は最後の最後で受けに回っているところがあった。
その甘さがなくなるのであれば、あのケダモノの童貞など一瞬で散らされることだろう。
わたしはすっかり体も心も元気になったことを実感すると、日記を元の場所に戻した。
そして、姉の勉強机の引き出しからスケッチブックを拝借して二段ベッドの上に戻った。
あのケダモノのことだ。姉に童貞を散らされたとあれば、次は間違いなくわたしに狙いを定めてくるだろう。
わたしも覚悟を決めておかなければならない。
謎の武術を使うあのケダモノを前に、わたしのような小娘ができることなど何もないのだ。
わたしもいよいよ大人にされてしまう。
想像するだけで股がムズムズしてしまった。
わたしは枕元でスケッチブックを開くと、布団の中に深く潜った。
ああ、アツにい……ダメだよ……初めてなんだから、もっと優しく……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
最後までお読みいただきありがとうございました!
これにて『僕たちは拗らせている』本編は完結となります。
もしお気に入りいただければ、☆や感想などいただけると嬉しいです!
おまけとして本作に登場した人物に関する裏話などを公開しています。
興味のある方はぜひこの続きからお楽しみください!
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