極彩色の地獄

岸亜里沙

極彩色の地獄

ここは私の楽園だった。

たくさんの動物たちに囲まれて、人々の賑やかな声が飛び交う。


ペットショップのバイト初日から、私はずっと笑顔。

天職ってこういうものなんだな。

可愛い子猫や子犬たちに餌をあげたり。

爬虫類や魚とかも、私は嫌いじゃないから、世話をするのも億劫じゃない。

本当にここには、私の求めてた全てがある。

私自身が癒されながら、お金を稼げるなんて。

ここに来るお客さんもみんな笑っていて、子犬たちは無邪気にショーケースの中を走り回る。子猫たちはゆったり自由に眠っていたり、天国があるとしたら、こんな感じなのかな。


斎藤さいとうさーん、26番のワンちゃん、お願いね」


バックルームで作業をしていた時、店長がベテランパートの斎藤さんに話しかけた。


「はーい。行ってきまーす」


斎藤さんも普通に返事をし、準備に取りかかる。


「あのワンちゃん、どうするんですか?」


私は店長に聞く。


「ん?ああ、保健所に連れて行くんだよ」


店長は表情も変えず答える。


「えっ、保健所?」


私は驚いて、持っていた書類の束を床にばらまいてしまった。


「うん。もう2年も売れ残っちゃってるからね。そろそろ処分しないとさ」


床の書類を拾うのを手伝いつつ、店長はさらっと言う。


「殺しちゃうんですか?」


私が悲しそうに言うと、斎藤さんが後ろで準備をしながら口を挟む。


横山よこやまさん、そんななさけは捨てなさい。そんなんじゃ、この仕事、続かないわよ。お店に居る全部のワンちゃん、ネコちゃんは売り物なの。スーパーとかコンビニだって、売れなかったら廃棄したり、返品するじゃない。それと同じよ」


斎藤さんは、ズバズバと言ってきたが、店長が話を引き取る。


「まあまあ斎藤さん。一旦、落ち着きましょう。横山さん、確かに動物みんな生きていますし、保健所に連れていき、処分してもらうのに抵抗あるのは分かります。僕も最初そうでした。だけど、ここは動物園ではなく、動物を売るお店なんで、売れない子を置いておくと、餌代もかかりますし、売れるまでずっと置いておくというのは、なかなか厳しいんですよ」


店長は優しく言っていたが、私はまだ不満だった。


「だったら無料にして、誰かに引き取ってもらえばいいじゃないですか」


私が言うと店長は首を振る。


「そうしてあげたいけど、それは出来ないんだ。もし売れない子を無料にしてしまったら、他の子も売れなくなってしまうんだ。だって時間が経つと無料になるなら、お金出して今買わなくてもいいやってなっちゃうでしょ?」


店長が言う事は正論なのかもしれないが、やはり腑に落ちなかった。


命ってそんなに軽いものじゃないし、そもそもペットの動物に値段をつけるなんて、おかしいのかもしれない。人気のある子は高くて、そうでない子は安いなんて。

大卒の初任給くらいの値段がつけられたワンちゃんもいるくらいだ。考えたら考える程、不思議に思えてくる。

歴史の授業で習った奴隷貿易みたいだと私は思った。命をお金で買うなんて。

調べてみると、ペットショップがあるのって日本だけらしい。

そんな事を考えていると、後ろから声がした。


「じゃあ私行ってきまーす」


横山さんが準備を終え、他の子犬よりも大きくなったそのワンちゃんを、お店から連れて行くのを、私は黙って見送る事しか出来なかった。


次の日、私は店長に退職届を渡しました。

働き始めた当初は、天国みたいに煌めいて見えていた職場は、本当は極彩色の地獄だったのかもしれません。

バイトを続ける為に割り切ろうかと思いましたが、命を粗末に扱うなんて、やっぱり私には出来ませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

極彩色の地獄 岸亜里沙 @kishiarisa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ