閑話 始まりの日
ある夏の日、少年は歩いていた。
いや、その日だけではない。
今日に至るまでずっと、自分の名前もわからないまま、ただひたすらに歩いていた。
その日は雨が降っていた。
道標は湿った苔むした地面と、小さな小さな獣道。
鬱蒼と生い茂る樹木の枝葉が天然の屋根となり少年の身を守る。
昼間であっても雨の降る森は薄暗く、少年は、ただ一つの泣き声を頼りに進んでいた。
なぜ泣き声を目指して歩いていたのか、少年にはわからない。
彼はただ漠然と、『その声を止めなければ』と。本能の赴くままに悪路を突き進んでいた。
やがてたどり着いた獣道の終点。
涙は流していなかった。
声も発していなかった。
降りしきる雨は枝葉に遮られ、その黒い体毛で覆われた体は朝露によってのみ、少しだけ湿っていた。
「……泣いてるの?」
けれども、少年には確かに聞こえた。
それが、涙を流さずとも悲しみ、泣いているのだと。
「泣かないで、大丈夫」
しんしんと、雪が降り積もる。
溢れ出す幻想が世界を覆い、雨を拭う。
「僕がいるから、大丈夫」
少年の手が、それの張り付いた体毛を優しく撫でた。
「君の痛みも、悲しみも。僕が一緒に背負うから」
葉を伝い、流れ落つ雫は。
途中で雪の結晶へと姿を変えて儚く弾けた。
「僕が君を守るから。だからもう、泣かなくていいよ」
少年はそれを優しく抱え上げる。
「安心して。君の役目は、僕が代わりに背負うから」
その日、少年は。
「——その王冠は、僕が代わりに被るよ」
果てしない重荷をその双肩に乗せて。
人知れず、王の役目を請け負った。
幻想の王の原典回帰 銀髪卿 @gin_kyou
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