第11話
――村での騒動から一か月くらいが経過した。
リンフェが家をよく開けるようになった。大体は週に3日ほど。
その代わりに家にユイランとレイファンがやってくるようになった。
日常の様に穏やかで暖かな日々は少し騒がしくなった。
「いぇええええ」
レイファンが鈴のなる球を投げると、ジィハンは手に取りシャカシャカ振ってからそれを投げかえした。するとレイファンもそれを手に取ってシャカシャカ振ってから、明後日の方向に投げた。
「だあああああ」
「ひぃえ」
取りに行って来いと言わんばかりに声を出して見つめてくる。
ジィハンは最近できるようになった二足歩行で球を取りに行き、レイファンに投げ返した。
それを投げ返してもらった球をハイハイをして取りに行ったレイファンはとてもテンションが高い。
「ああああああ」
右手に球を握り両手でシャカシャカと振りながら、レイファンが叫んでいる。
レイファンは最初こそなれない環境に戸惑っていたが、現在では一緒によく遊ぶ関係になっていた。鈴の鳴る球とジィハンは彼女のお気に入りのおもちゃである。
――妹ができたみたいで楽しい。
ジィハンはまた投げられた球を取りに行くが、魂は生前の成人でも、重心が高く手足の短い赤ちゃんボディに転んでしまった。
体の反射的に泣く事を我慢できなかった。
「うええええええ」
「大丈夫ジィハン?。痛かったよね。もう大丈夫からね」
大声をあげて涙を流す中で、それは柔らかな感触に包まれる、泣く子をあやす揺れと頭を撫でられる。
ジィハンが泣き始めると、すぐに飛んでくる女性がいた。レイファンの母親であるユイランだ。シンハン夫妻で夫を亡くした彼女を乳母として雇った。
二人の赤ちゃんが乳が欲しければそれを与えるし、泣き出せばユイランは優しくしてくれている。
ジィハンのぐずりはしばらく泣いた後に落ち着いた。
――母とは違うけど、この人は優しく抱きしめてくれる。いい人だ。
ただ、ちょっとうちの母が移ったか、時々リンフェのような野獣の眼光でこっちを見てきて怖い。
「ごめんなさい。あなたの父親に手を出すけど、レイファンには幸せに生きてほしい」
――前言撤回。夫婦の間に入って関係性を壊すやべー女だ。
その日の晩の離乳食は、《ユイハンが作った》味付けされたおかゆとほとんどに崩れた柔らかい野菜のスープ。
おいしいのだ。父が作った離乳食より断然においしいのだった。
ジィハンの理性の拒絶より、胃袋をつかまれた本能によって、ユイハンを拒絶する事をあきらめた瞬間だった。
× × ×
ある日の昼間、シンハンが居間の円形のテーブルの上で帳簿をつけている。
ジィハンとレイファンは父親の邪魔をするようにテーブルの周囲をぐるぐるを回ってはしゃぎまわっている。
「おっ、今月は黒字だ」
うるさい子供二人の妨害をものともせず、帳簿の計算を終えたシンハンが喜んだ。
そこに玄関の戸を叩く音が聞こえる。
「ごめんくださ~い」
「はーい」
誰かが訪ねてきて、シンハンがテーブルを立つと玄関に向かっていった。
家の中を這いずり回るのが楽しくて仕方のない赤ちゃんがシンハンの後ろをついていこうとするが、途中に設けられた柵に阻まれて立ち往生する。
「あうぱっぱっぱっぱっぱっ」
「あ――――――」
柵の存在に不満のある赤ちゃんが柵につかまって並び立ち、体重を使ってそれを壊そうとするように屈伸を始める。
一方でシンハンは玄関を開けて、客人を招き入れる。
「すいません、うちの子が熱を出して」
「わかりましたすぐに行きます。ユイランさん、ちょっと出かけてきますんで子供達を頼みます」
「は――――い」
シンハンがユイランの返事を聞くと、玄関脇に置いてある鞄を持って客人の案内と共に飛び出していった。
戸が閉じられると、赤ちゃん達は不満を持ったように叫び始める。
「ああああああああああ」
「だ――――――」
ウソ泣きである。泣いているそぶりをして、涙は流れてないし、ジィハンとレイファンで交互に様子を見ながら泣きまねをしている。
そこに家事をしていたユイランが、二人の基に来た。
「二人とも、パパ行ってらっしゃーいって」
ユイランはジィハンの二人の間にかがんで座り、二人の手を振らせた。
――この女まじかよ。乗っ取る気満々だ。
ジィハンが思うに最近のユイランは益々妖艶になっている。
母がいない日の夜中によく父を誘って、一緒に寝室に入っているところを見る。
媚びるような甘いうめき声を何度も聞いた。このままじゃ家族が乗っ取られる。
ジィハンの焦燥むなしく、レイファンと一緒にユイランに抱きかかえられてしまう。両手合わせて15キログラム以上を軽々とだ。
これはかなわないとジィハンはおとなしくなる。
「みんなで一緒にお散歩行きましょう」
ユイランはもう準備をもう終えて、散歩用のカバンを背中に背負っている。
二人は無抵抗に玄関に置かれている乳母車に乗せられ、一緒に外に出た。
初夏の日差しが温かい、乳母車のタイヤから伝わる振動が心地よい。本当にここは地獄なのだろう疑いたくなる。
家の周囲をユイハンがゆっくりと歩く。暖かい風が家の周囲の稲をなでる。
しばらく歩いていると村人達がものすごいとしか言えない形相で走ってくる。何かがあったというわけではなく、整った二列で歌を歌いながら走っている様子だった。
「俺達、村の狩人だ」
聞き覚えのある女性の声が聞こえる。その言葉をリズムよく村人達が復唱して歌っている。
「森の中は獣でうっじゃうじゃ。獣を駆らなきゃ滅びるぞ」
――ずいぶん物騒な歌だなぁ。
ジィハンは押される乳母車の横から追われる村人達を見学している。
「誰が駆る。俺達だ。パパとママに自慢する。俺は強い、あいつも強い……」
走る列が過ぎ去る中で、村人達の息が上がる音が聞こえる。
列の最後尾にはリンフェがいて、すれ違う時に凛々しい視線を一瞬だけジンハン達に暮れると、過ぎ去った後にびっくりするほど大きな声を上げた。
「声が小さい!」
村人達は「ウィス」と返事を上げるとリンフェがまだ怒鳴る。
「声が小さい!」
また「ウィッス」と返事を上げて、「はい」でもなく「いいえ」でもない掛け声に必死さを感じる。
過酷を強いられる村人達の背後をジィハンが見送った。その最後尾を追いかける母の手には、禍々しい棒が握られている。
――そりゃ必死になるわ。
禍々しい気配はジィハンにも届いていて、それに追いかけられる(それが例え志願兵であっても)村人に同情した。
同時にジィハンは母の背中にあこがれの視線を向けていた。
心がきれいな人には普通のファンタジーに見えるはず。 下川原 有人 @kakikukeko
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