第10話

 火葬場についたが、前の人達の火葬が遅れている。

 出棺前に唐突な別れと残酷な死を迎えた家族に涙を流し崩れ落ちていた。その前に出棺した家族も、村の多目的炉で焼いた遺骨を袋に詰める人達の手も涙で遅れている。


 地獄の葬式の時に散骨するために袋に入れて持ち帰る風習がある。

 生きる人の世界では死んだ人の体を残し、復活を望む習慣があるとするならば、地獄においては死んだ人の魂が地獄に帰ってこない様に大地に巻いて野に帰る。


 完全に日が落ちて子供は寝る時間を過ぎ、レイファンは母親の腕の中で熟睡に入った。ジィハンも寝てしまい、母から父の胸に移されてもまだ出棺までに時間がある。

 ジィコの基にユイランが行く事になった。それに付き添ってリンフェがユイランの後ろを歩く。


 棺に入っていたのは、血を洗われ死に化粧を済ませたジィコだった。

 枯れ果てた様にユイランの目からは涙はこぼれず、それでも愛した夫を失った事の悲哀が視線にこもっている。


「ごめんなさいあなた。レイファンに顔を見せてあげられなくて」


 ユイランは心の中でどこかほっとしていた。

 父親のぐしゃぐしゃになった顔を見せずに済んだと。きっと優しい父親の記憶のままでいてくれると親のエゴでそう思った。


「ああ、そうだ」


 背後のリンフェが唐突に隷属のべんを左腰から抜いて、ユイランに鞭の柄を差し出す。

 リンフェの手をにあるそれを見れば、背中を震わせる恐怖を覚える。禍々しく他者を隷属させる魔道具である。


「魔獣を操る魔獣サルがあんたの夫をこういう風にした魔物の武器だ。もし燃やすというなら構わない」


 ユイランは頭を横に振り、手のひらで柄を押し返す。


「あなたが持っていてください。私を憐れむのでしたら、それで獣を討って夫と同じような目に合う人を無くしてください」


 ユイランの目には炎が宿っているのを、リンフェが見た。腕の中の子を是が非でも守る決意をした目と受け取った。

 リンフェは乾いた唇を一閃する様に舐める。


「私はジィを育てるためにこの村に留まっている。雇われている身ではあるが、この村の事をどうにかするのは村の人にしかできないだろう」

「何でもします。あの子が幸せになるなら何でもします」

「ん? 何でもしますって今言ったよな。二回も言った」


 野獣のような女がほほ笑む。

 ゾクゾクしていた。リンフェにとって今まで喰った事のないほどに、強い感情を持った女だった。


「はい」


 ねっとりとした視線がユイランの全身をなめる。殺意にも似た危機感の視線にユイランの息が浅く早くなるが逃げようとはしなかった。


「よし合格だ」


 リンフェの言葉と同時にユイランを見るのをやめて、眠るジィコの顔を覗き込む。

 微笑みを抑えきれない顔で、もう目を覚まさない男に告げる。


「あんたの妻は強いね。いい女だ。二人とも面倒を見てやる。安らかに眠りな」


 とてもやさしい声で子供を眠りに導くような呼びかけだった。


 それから棺を閉じられて、村人の手によって亡骸は焼却され、遺灰を袋に集めて火葬を終えた。

 別れを済ませたその魂が、地上の世界に戻れるように祈りながら夜は更けていく。

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