第9話

 日が遠くの山に沈む頃。

 ジィコの火葬をすると村人から告げられて、シンハンとレイファンはお互いに息子と娘を抱きかかえて戸を開けようとした時、外から声が聞こえる。


「みんな送ってくれてありがと」

「リンフェ様の為に」


 レイファンが戸を開けるとそこには、左手に短槍を持ち、左腰に硬鞭を射した武人の女は、ギラギラした眼に搾りかすのような男女達を連れていて見送られていた。


「ひぇっ」


 ガリガリになるまで水分を搾り取られた男女は二カッと笑った表情を向けて、頭を下げている光景を見て、ユイランは驚き赤子をとっさに守る様に抱きしめている。

 声が鳴るほうにリンファが振り向いて、子供を守るユイランがどうすればこの子を守れるだろうかと考えながら、後ろに下がる瞬間に目が合った瞬間、静寂が訪れる。


「けたけたけたけた」


 その静寂を破ったのはレイファンの笑い声だった。母親の行動が面白かったのかずっと笑いが止まらないで、抱かれている腕の中で母親を見上げている。

 リンフェがぶっきらぼうに笑顔を作り話しかける。いつもはシンハンにもっと他人に対して愛想を良くしろと、耳にタコができるまで言われ、努力した結果の作り笑顔を向ける。


「こんにちはユイランさん」

「ああええ、リンフェさんですよね。ご無沙汰しております。そのシンハン先生にはお世話になってます」

「こちらこそ、ジィ……ジィハンがお世話になってる」


 相変わらず気まずそうな雰囲気あるが、二人の母親は礼を言い合った。

 その後も気まずい間が残り、シンハンがユイランの後ろから顔をのぞかせる。


「リンじゃないか」

「ようシン戻ったぞ」

「あ~」


 夫婦の間で棘のない柔らかな口調の会話。そしてジィハンが母を求めて手を伸ばした。

 シンハンの腕から静かにリンフェがジィハンを奪い取り、母の胸の中に沈めた。

 母親の愛を求めるジィハンを見ながら、シンハンは自分達の次の行動を告げる。


「これからジィコさんの火葬が始まるんだ」

「ついていっていいか? できれば槍を置いていきたい」

「かまいませんよ」


 リンフェの願いにユイランが了承して、リンフェは槍をジィコの家の玄関に置いて、ユイランが戸を閉めて火葬場へ歩き出す。

 痩せ飢えたオオカミのような男女達はいつの間にかいなくなっていた。

 歩きながらさっきの人達が何なのかをシンハンがリンフェに聞いた。


「リンさっきの彼らは」

「村長がよこした報酬だ。……前の奴らよりは喰い応えがあったぞ。ハッハッハッ」

「お前はほんとに……。はぁ、鬼の待遇と変わらん」


 帰ってきた豪快な笑いにシンハンはため息をつき、彼女を独占しようとすれば、自分が心身ともに持たない事を自覚していて、ぼやいてそれ以上追求しなかった。


   × × ×


 通りすがる村の広場では大きな焚火が火柱を立ている。

 多少のもったいないより衛生が優先され、焚火の前ではかなり忙しそうに村人達が物を投入している。

 それは広場の土を削り取り寄せ集めた場所に薪をくべ、血のこびりついた台車や汚染された布を焼いている。

 村中のどこからか、肉と血が焼ける不快な臭いを立てている。

 すれ違う村人達の表情はひどく暗い。そこら辺いたるところからすすり泣く声が聞こえる。


「イェ~ア~」

「ダ~~」


 レイファンは何かの祭りなのかと興奮して、ジィハンは強く嫌がるそぶりを見せる。

 我が子を抱きかかえる二人の母親は、子供が腕の中から落ちないように抱える態勢を直す。


「やっぱり子供って分かっちゃうのかね」

「多分。生前の記憶とか持っていて社会と環境が違っていても、雰囲気でわかっちゃうものなんじゃないですか。何が起きたのかくらい」

「そうだな。前世のなにやらかしたなんて、とっくの昔に忘れちまった」


 ユイランの足が止まり、目を丸くして口を丸く開けてリンフェを凝視した。

 生来の罪によって地獄に落とされ、魂の償いをしなければ地上に魂が帰れないと信じられている。

 その世の中で自分の罪を忘れたという言葉は、自分は償いをするつもりはないも同然である。


「どうやって罪を償うつもりなんですか」

「前世の罪を今生で晴らせなんて言われても、私は私が好きに生きた事に何の後悔もないって、子供の頃に考えていた事だけは覚えているんだけどな」


 上ずった口調にリンフェは体ごと振り向いて、リンファは胸に抱いている息子をやさしく見て、抱えている。


「私は私が生きたい様に生きる。生臭かろうが、欲にまみれてようが、どんな結末を迎えようが、無限に地獄を過ごす事になっても私の道だ。私はここにいるんだ」


 目の前にいる子持ちの女は、体だけではない心も信念も強い生物だった。

 ユイランは視線を落として、愛おしい娘を見つめてレイファンを強く抱きしめてまた歩き出した。

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