第8話
シンハンが外に出た後、甘噛み攻撃に飽きたレイファンがジィハンの体から降りた。それからまた球で遊んだ後、対面で座っていた。
「へぁあ」
「だぁあ」
レイファンが叫んで、ジィハンが叫ぶ。対抗意識に顔がどんどん近づく。
幼い体に心が引っ張られて、何を張り合っていたのか忘れてお互いに自分の声が、相手の口の中で反響するのが面白くてもっと顔が近づく。
「あああああ」「あああああ」
少しでも口と口の軸がズレると、声が反響しなくなる事に気が付いてもっと面白くなって、激しく左右に首を振り始める。
「ケタケタケタ」と二人の赤ちゃんが同時に笑った。何を考えているというわけでもなかったが、何か考えて行動するのもつらかった。
ユイランの視線がレイファンからずっと外れないのである。
100パーセント優しさの視線の中に、悲しみ、怒り、嫉妬、迷い、決意がぐるぐると混ぜ込み溶け切っていないものが溢れ出ている。
赤ちゃん達の笑い合う姿から湿った視線を母親は外せなかった。
その余波を背中で感じたジィハンはぞくりと感じて、視線の主に振り返る。
レイファンの幸せを願ったものである事には変わりない。悲しみや迷いがいつの間にかなくなり、決意や怒りの混じった確固たる意志を持ち始めている気がする。
「まうまうまうま」
対面から外れたレイファンが母親の事を呼ぶ声を出しながら、ドタドタと四足歩行で歩いて近づく。
「おいで私のレイファン」
ユイランは撫で声で娘を招いて、手を伸ばして愛おしく自分の子供の頭頂を撫で顎を撫でる。
甘いはずなのに
まるで静寂の空間に取り残された感覚。それを破ったのは戸を叩く音と、父シンハンの戻ったを知らせる声だった。
「ただいま戻りました」
その声色が悲しみに満ちていた。戸が開きシンハンが姿を見せると片手に布に包まれた何かを持っていた。
「シンハン先生」
「……ダメでした」
シンハンはそっと布の包みをユイランに差し出した。
娘を脇に置いて、ユイランはそれを受け取り、包みを開けて息をのむ音が聞こえる。
そして頬を涙が伝い落ちた。
「夫です。これだけでも帰ってきてくれたんですね」
ユイランが床に開けた布を置いた。その布はジィコの上着だった。そして布にまかれていたのは宝石がひび割れたペンダントだった。
ジィコのペンダントと宝石の色が違うが同じ意匠のペンダントを首元から取り出して、ユイランは強く握りしめた。
「……遺体を見たよ。それで装飾品と入れ墨で本人の確認が取れたが、魔獣に惨殺されて遺体は見るに堪えなかった」
「痛かったでしょうね。怖かったでしょうね」
「ええ」
会話が途切れる。
レイファンが泣いている母親の頭を撫でようと、母の体を伝って立ち上がり、 ユイランは娘の体を抱きしめて持ち上げる。
「ありがとう。私が絶対守るからね」
「へっ」
短い手で撫でようとバシバシと母親の頭を叩く。
誰かが母娘の間に同行する隙間なんてない。ジィハンはその光景をジィっと見ている事しかできなかった。
覚悟のある執念という恐ろしさを身に染みて学んだが、その先に生かすにはまだ経験が足りない。体も幼い。
自分の力のなさから目を逸らしたジィハンが、ふとシンハンの方を見れば、陰鬱な表情で何もできない居たたまれなさが表情に出ていた。
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