天使と悪魔と死神と、
哀乃
序章
まただ、と思う。
最近よくこの夢を見る。
上下に激しく揺れる視界。雨と風の音が酷く、煩い。空には星1つ見えない程、暗い雲が覆っている大雨の夜。
これはきっと――そう、私が捨てられた日の記憶。
突如ぐらっ、と大きく視界が揺れた。そして次の瞬間、冷たい雨が全身に染み渡る。
「ごめんね……」
女性が言う。とても綺麗な声だった。
謝ることなんてないのに。だって貴方はこんなに頑張ってる。私の何倍も。
だから――
「大丈夫だよ」
そう伝えると女性は『強い子ね』と言ってびしょ濡れになった頭を撫でてくれた。
女性は再び私を抱えて走り出した。1歩を踏み出すたびによろけそうになっている。どのくらい走ってきたんだろう。
でもダメだ。多分、もう少しで"アイツら"が来る。
「いたぞ!!」
ほら来た。アイツらだ。
こんなにも雨の音が煩いのに、遠くから鼓膜を直接刺すような、嫌な声だ。
「大丈夫……大丈夫よ」
頭上で必死に私を宥める声が聞こえた。景色が流れるのが一層早くなる。
ダメだよ、そっちに行ったら――
私の声も虚しく、女性は妙に草木が増えた公園に入っていった。
女性の足が止まる。ひどく息があがっていた。
――止まったらダメなのに……!
抱えられている私が言う事じゃないのはわかってる、でもダメなの!
ここじゃ――
「残念だったな」
上からドスの効いた声がふってくる。と、同時に軍服を着込んだ長身の男が突如、目の前に現れた。水溜まりがはねて女性の純白の服を汚す。
「ここは行き止まりだ」
木から降りてきたらしき男は帽子の角度を少し上げ、にやりと笑う。わざと見せつけたような、勝ち誇った笑みだった。
何度この夢を見てもコイツは嫌いだ……!!
「今度こそは逃がさんぞ……両方確保しろ!」
男がそう言うと私たちを囲むように更に人が増える。みんな男と同じ軍服らしきものを着込んでいた。
……こんなの勝ち目がないじゃないか。
私はぎゅっと女性の服を握った。この先の結末を知っていてもそうしないと何かが壊れてしまいそうだった。
夢なのにリアルな感覚だ。
「……逃げて」
女性が私を降ろしながら言う。
「嫌だ!"お母様"を置いて行けないよ!」
私は降りまいと必死に服を掴みながら言う。
「私は大丈夫よ。後で絶対追いつくわ」
その"絶対"という言葉に確信が感じられた。私の小さな手がゆっくりと女性の手に包まれ、外されていく。
「別れは済んだか」
長身の男が嘲笑をまじえながらそう言った。よく笑う奴だ。
「ええ。でも、束の間の別れよ」
女性がその嘲笑に対抗するように誇らしげに言った。その言葉を背に私はありったけの力を振り絞って走り出す。
「なんだと……!?ちっ、子供を追え!!」
頬を伝う涙は雨と化して、風に流されて行く。私の鼓膜を優しく叩いたのは男の怒号ではなく、女性の美しい声だった。
女性がなんと言ったかまでは聞き取れなかったけれど。
ここでいつも私の意識が途切れる。この先は誰も知らない。
そして朝起きる頃にはこの夢の大半の内容を忘れてしまうのだ。
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