第3話 劣等
施設の外には小さな庭に児童や職員が避難していた。夜中になんの騒ぎだ、と近所の人も顔を出している。子供たちは日頃の訓練の成果もあってか、パニックを起こしている者は少なかった。1人で移動することもままならない赤ん坊は歳上の子が抱いている。職員は火元の確認などで
「海星、真奈、俊介……」
大人の手が足りていない中、蓮は全体の点呼を取っていた。しかし、大事な人がいないことに気づく。
「あれ、杏樹は……?」
そういえば、一緒に部屋を出たはずなのに庭まで来た時にはいなかったような……
――まさか。
嫌な予感と、それが当たっているという確信を持って、蓮は外から自分の部屋の辺りを見る。
窓が、開いていた。
「しまった……!」
避難時には閉まっていたはずの窓が開いていた。夜風に吹かれ、カーテンが揺れている。それは"天使"が連れ去られたことを意味していた。
あれほど気をつけていたというのに、いざという時に使えない自分が嫌になる。早く"彼"に連絡しなければ。
蓮はポケットから小型の機械を取り出した。他の人に気づかれないようにゆっくりとその場を離れ、木の影に隠れるとすぐに報告を開始する。機械は待っていたとばかりに自動的に電源が入った。
「――
数秒後、ザザッという音がして機械からねっとりとしていて、陰気臭い、"彼"の声が流れた。
「私も頃合とは思っていましたが……意外にも早かったですね。まあ、いいでしょう。"
何度も言い聞かされたことだ。考えるより先に体が反応して口が動く。
「御意。"彼ら"を傷つけぬように保護します」
相手が満足気に笑った。良かった、思っていたより機嫌は悪くしていないみたいだ。
「いいでしょう、ではまた明日」
相手が切ろうとしたのがわかる。ダメだ、聞いておきたいことがある。相手がそれで不機嫌になっても、確認しておかなければならないことが。"金蓮花"は声を荒らげて相手を引き止めた。
「あの!博士、兄は――」
機械の向こうで"彼"が溜息をつく。溜息まで拾わなくて良いのに。嫌な機械だ。"彼"が作ったと言うだけで使いたくないのに。
「君も
――ブチッ
そうして憎き声は夜の闇に消えていった。手の中の機械はただの塊となる。今すぐにでも壊してやりたいところだが、そんなことをすれば明日と言わず、すぐに
――まだ、あたしは死ねない。
"金蓮花"は顔を上げた。施設からは未だに煙すら出ていない。やはり、火災報知器を鳴らしただけだったか。
「くそ……」
唇から漏れたのは、悪態。この二文字に全ての感情を乗せ、落ち着けと自分に言い聞かせる。自分も戻らなければならない。
「兄さん……大丈夫。あんなやつには絶対――」
言葉は誰の耳に入ることも無く、虚空に消える。夜が味方してくれているようだった。
「ごめんね、杏樹」
誰にも届かないその言葉を置いて、"蓮"はみんなの所へ戻った。
天使と悪魔と死神と、 哀乃 @aino_sousaku
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