振動
小余綾香
第1話
自分の
いつもの子供部屋を装う夜がそこにあった。
しかし、美香の体はそれが偽装と知っているのだ。骨から肉へと
ミキッ、ギ……ギギ、家鳴りが静寂の程を告げ、おねしょ痕のある隣のベッドで兄は深い眠りに捕らわれた儘。その丑三つ時の気配に美香は悟った。
——来る。
ゆさ……ゆさゆさゆさ。部屋が震え出す。
ガタン! ガタガタガタガタガタ! キシッ! キュー! キシキシッ! カタン、パタン、カチャ。
床が弾み、引き戸が
一分程度のことだろう。
やがて騒ぎは静まり、美香はそろそろと視線を辺りに漂わせた。吊り下げ照明の紐が余韻に揺れている。しかし、夜は唯の夜の気配に戻り、彼女は体を
隣で兄は深い眠りに落ちた儘だった。
美香を起こす不快な夜。小学生の頃には始まっていたそれは彼女が忘れることを許さないかの不規則さで訪れる。兄に別室が与えられ、美香一人の部屋になっても現象は年に二度、三度と彼女を悩ませた。
それどころか、家を出ても睡眠中、不気味な焦燥と共に来る揺さぶりは彼女を解放しない。どこへ行っても突然、体が不快に耐えられず乱れ、声を上げて美香は目覚めた。その瞬間は何事もない。しかし、すぐに窓が壁が床が震え始め、カタカタと室内の物は音を立てるのだ。
隣で寝ている男達はいつもそれに気付かず、現象を目撃するのは美香だけだった。振動は嘲笑うかに何の痕跡もなく去って行く。県外へ出ても
「あぁぁあ゛ぁぁぁぁ!」
また美香は喚く自分を知覚しながら目覚めた。それにも気付かず、健二はイビキをかいている。この鉄筋コンクリートの家は鳴らない。
しかし、美香は知っていた。この感覚。自分の骨格をイメージできそうな骨の
『ウィー、ウィー、ウィー。地震です。ウィー、ウィー、ウィー。地震です』
スマホが警告音を叫び出す。三度目の警告が終わる頃、健二が寝ぼけ
「んあ……? 地震?」
「そう」
彼女は憮然と答える。
美香、またの名を、
ゆさゆさと揺れ出した部屋の中で美香はぼやく。
「なんで男は皆、起きないのよ」
兄に始まり、男達は地震に反応しなかった。
P波に気付かないのはやむを得ないとして、震度4の震動は生物として目を覚ますべきではなかろうか。だが、電子音で起きる人間が起きない。男は母なる大地の動揺で死に
それとも。
不意に美香は唇を笑ませた。
美香の傍らでのみ男は目覚めなくなるのだろうか。彼女の無意識に応える見えざる手によって。
彼女は導眠剤の眠りを得て、今、
振動 小余綾香 @koyurugi
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