第14話 人だからこそ伝えられるもの
「あの子にとって、ここの領民と外の人間は別物になっているのよ。外の人間は裏切るものだと、幼少期の苦い経験からそうすり込まれてしまっているのね。ならば契約をして絶対に裏切らない使役霊の方が何倍も安心できる。本人に自覚がないのが厄介なのだけど」
「……彼にとって、私の自我も必要ないものなのでしょう」
「あぁっ! 違うのよ、カレンちゃん。不安にさせてしまってごめんなさいね。確かにあの子は外の人間を信じていないところがあるけど、それでもあなたを妻にしたいと思った気持ちは本物よ。あなたを初めて見た夜なんて、子供みたいに頬を上気させて興奮気味に喋りまくってたんだから。鼻血を出しながら『僕は女神と結婚する!』って言い出して、ついに頭がおかしくなってしまったのかとびっくりしたのよ」
両親に話す時まで鼻血を出すのか。一体なにを想像していたのか若干不安になる。
「あの子はいま、自分の中にある矛盾に気が付き始めているんじゃないかしら。外の人間は裏切るもの。けれどカレンちゃんを妻にしたい。夫婦になることができたとしても、いつか裏切られる日が来るかもしれない。……つまるところ、あの子は人間が怖いのよ」
死霊を従えさせ、敵も悪霊も蹴散らす絶対的強者である死霊術師。国の誰もが畏怖する存在であるくせに、自分よりもはるかに弱い人間を恐れている。シドが常に笑顔で饒舌なのは、自分でも気付いていない恐怖をカレンに悟られないためなのかもしれない。無意識の防衛反応はカレンに対してだけでなく、それはきっとシド自身にも向けられている。
アシュリー夫人の話を聞いて、カレンは少しだけシドの人物像が掴めた気がした。
「ねぇ、カレンちゃん。よかったらお試し期間の一ヶ月、あの子に人間との関わり方を教えてもらえないかしら?」
「それは領民ではできない、外の人間だからできる何か、ということでしょうか」
「外の人間というより、あの子が一目惚れしたカレンちゃんにしかできないことがあるんじゃないかって、何となくそう思うのよね」
そんな重大なことを簡単に任せられても正直困るのだが、さっきと同じようにアシュリー夫人直々に頼まれれば子爵令嬢のカレン如きが断りを入れるのは難しい。しかし実家とリアムを救ってくれた恩は返しておきたいところでもある。それに一ヶ月後にはすべてが終わるのだと思えば、多少気楽に受け入れることもできた。
「何をしたらいいのかわかりませんが、私にできることなら……この一ヶ月の間頑張ってみます」
「まぁぁ! ありがとう、カレンちゃん! シドじゃないけど、本当にお嫁さんに来てくれたら私もうれしいわ!」
「ご期待には添えないかもしれませんが」
「いいのよ。私こそ無理を言ってごめんなさいね。カレンちゃん、これからよろしくね」
人間であるはずのシドに、人間との関わり方を教える。何だかとんでもない約束をしてしまったが、カレン自身、もう少しシドの中身を知りたいと思ったことも事実だ。短い間だがシドと関わっていくなかで、彼の印象も今後また少しずつ変わっていくかもしれない。少なくとも今は、出会った夜に感じた恐怖は微塵もなかった。
人間らしい関わり方。死霊にはできない、人だからこそ伝えられるもの。うまくやれる自信はなかったが、もしもシドがカレン自身を見てくれるようになってくれたら――その時カレンは、シドに対して何を思うのだろうか。
いつか来るかもしれないその日を想像すると、シドのそばで過ごす一ヶ月も楽しいものになりそうな予感がした
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「ゴースト令嬢は死霊術師の溺愛から逃れたい!」は、溺愛コンテストに応募しているため、ここまでで更新を一旦休止させていただきます。
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