第13話 アシュリー夫人

 シドたちと別れ、カレンはアシュリー夫人に連れられて客間のひとつに案内された。カーテンの閉められた室内は暗く、カレンの緊張を助長するかのようだ。足早に窓際へ進んだアシュリー夫人が勢いよくカーテンを開けると、舞い上がった塵が陽光を反射してキラキラと光った。

 窓も開け、こもった空気を入れ換える。涼やかな風に舞うレースのカーテンを隔てて佇むアシュリー夫人は、まるで一枚の絵画のように美しかった。


「カレンちゃん。うちの息子がわがままを言ってごめんなさいね」


 さっきまではしゃいでいたことが嘘のように、アシュリー夫人は気品ある佇まいでカレンにやさしく微笑んだ。


「シドは他の人に比べて少し変わっているでしょう?」

「それは、まぁ……はい」


 一瞬返事に迷ったが、結局頷いてしまった。それでもアシュリー夫人は嫌な顔ひとつせず、カレンをソファーへ座るよう促した。


「シドは一人っ子なの。ゆくゆくは死霊術師を束ねる存在だから、幼い頃から厳しく教育されてきたわ。死霊魔術については夫のグラハムからも直々に手ほどきを受けてきたの。あの人、ああ見えてスパルタなのよね」


 カレンの脳裏に、口髭を生やした渋いグラハム伯爵の顔が浮かび上がる。やさしそうな雰囲気だったが、カレンが見たのは死霊術師ではなくシドの父親としてのグラハム伯爵だ。


「立派な死霊術師になるために、子供の頃から夫の仕事に同行することも多かったの。親の贔屓目かもしれないけれど、あの子は死霊術師としての才能もあったから、初めて霊を使役したのも六つの頃だったわ」

「そんなに早く使役できるものなのですか?」

「普通はあまり聞かないわね。霊を使役するには強い魔力はもちろんのこと、精神力も必要になるの。言葉は少し乱暴だけど、どちらの立場が上なのかを常に教え込ませなくちゃいけないのよ。これは従順な霊に対しても同じね。そうしないと、いつこちらが霊に呑み込まれるかわからないから」

「霊と死霊術師を繋ぐ鎖……みたいなものでしょうか」


 従順な霊といえば、頭に布を被っていないメイを思い出す。自分の意思で役に立とうと動くメイでさえ、見えないところではシドにしっかり繋がれているということか。

 確かに従順といえど、相手は死霊。生と死の線引きを明確にしておかなければ、いざというときに大きな事件に発展するかもしれない。


「使役霊を抱えれば抱えるほど、術者の負担も大きくなるの。でもシドはどれだけ霊を使役しても、彼らの手綱をしっかりと握っていられる。強靱で揺らがない精神力は、死霊術師としては最強で完璧なのよ」


 カレンがまだ見たことのない、死霊術師としてのシドの姿。母親でさえ彼の才能を褒めるのだから、当主になった後も何ら問題なく一族を率いていくのだろう。少しのことではへこたれないシドの性格を思えば、確かに精神力は強そうな気がする。

 けれどそう思うカレンとは反対に、アシュリー夫人はどこか冴えない表情を浮かべていた。


「でもね、カレンちゃん。シドは人間的に欠落……とまではいかないけれど、成長していない部分があるの」

「成長していない、ですか?」

「聡いあなたなら、無意識に感じ取っているかもしれないわね」


 領民には慕われ、両親にもその才能を認められているシド。そんな彼がカレンに対してだけは異常なくらいに執着してくる。容姿を褒めてはくれたが、外見の美醜の意味合いではなく、純粋にカレンの「肉体」を讃美しただけだ。たまに心根も美しいと口にすることはあるけれど、シドの興味はカレンの「美しい体」にしかないことが見え見えである。

 いやらしい意味ではなくて、純粋に「美しい体」が好きなのだろう。使役霊の器作りに没頭するくらいなのだから、彼の好みは人形のように完璧な女性――の体なのだとカレンはそう思っていた。

 だからだろうか。シドの熱烈なアプローチを、カレンはどうしても冷めた目で捉えてしまう。例えばカレンの肉体に他の魂が入っても、シドはあまり気にしないように思えた。


「こんなことを言っていいのかわかりませんが……シド様は人形のように美しい体があれば、中身は私でなくてもいいような感じがします」


 怒られるのを覚悟でそう伝えると、アシュリー夫人は「やっぱり」と小さく呟きながらため息をこぼしていた。


「さっき、シドはグラハムの仕事に同行していたと言ったでしょう? 仕事で領地の外へ出た時、シドは初めて同年代の友人ができたのよ。何度か遊んだこともあったんだけど、シドが死霊術師だと知ると怯えて逃げてしまったの。……シドが使役霊の器作りに没頭するようになったのは、その頃からよ」

「……つらい経験ですね」

「そうなのよ。シドには自覚がないのかもしれないけど、あの子は領地の外の人間に対して信用していないところがあるわ」

「それは……何となくわかるような気がします」


 どんな形であれカレンに好意を持ってくれている反面、領地の外へ逃げられないように魔法のブレスレットを嵌められた。リアムの病気を治し、実家への支援をしてくれることには本当に感謝している。そのお礼ではないけれど、自分にできることならお試し期間の要求も受けるべきだと思ってここまで来た。

 けれど、結局シドはカレンの気持ちを信じていない。アシュリー夫人もそう言うのだから間違いはないのだろう。少しだけ、胸の奥がずきりと痛んだ。


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