第12話 メルスウィン夫妻
カレンたちが屋敷に戻ってから三十分ほど経った頃、シドの両親であるメルスウィン伯爵夫妻が馬車に乗って到着した。
夫妻の名は事前にシドから聞いている。伯爵をグラハム、夫人はアシュリーだったはずだ。作法に則って自己紹介をする間、シドはずっとカレンの背に手を添えていてくれた。その感触が思った以上に安心できて、カレンは緊張しながらも詰まることなく挨拶を終えることができた。
「まぁぁ! 何て可愛らしいお嬢さんなんでしょう!」
カレンの挨拶が終わるや否や、アシュリー夫人がずいっと距離を縮めてきた。そのまま手をギュッと握られ、眼前で満面の笑みを浮かべられる。
「妻に迎えたい女性がいるって手紙をもらった時は、そりゃぁもうびっくりしたのよ~。二十一にもなるのに女っ気が全然なくて、興味があることといったら使役霊専用の人形作りでしょ? そのうち妻さえ人形で作るんじゃないかって心配してたの」
やはりシンディが言っていた「人形遊び」は使役霊のための器作りだった。カレンもそうじゃないかと想像はしていたが、アシュリー夫人の口から直接言ってもらえると安心感が倍増する。そのおかげで、カレンの頭の隅っこに居座っていた「人形遊びのシド」は靄のように薄く消えていった。
「母上。彼女の前で変な話はやめてください」
「あら、本当のことでしょう? それに素のあなたを見て判断してもらわないと、いざ結婚してから『やっぱり別れたい』って言われると、結構深いダメージを喰らうわよ」
「離すつもりは毛頭ありませんのでご心配には及びません」
「あらあら。本当にこの子が好きなのね。我が子ながら執着心が粘っこくて恐ろしいわぁ」
清楚で上品な見た目のわりに、アシュリー夫人の中身はかなり独特というか勢いがありすぎる。まるでシドの女性版みたいな感じだ。外見もシドと同じ艶やかな黒髪をアップにまとめていて、落ち着いたターコイズグリーンのドレスに身を包んでいる。
シドの父であるグラハムは、口髭を生やしたおしゃれなジェントルマンだ。アシュリー夫人が喋りまくるからか、元からそうなのか、今のところ口数はあまり多くはない。けれどカレンと目が合うと、シドと同じ赤い瞳を細めて静かに微笑んでくれたので嫌われているわけではなさそうだ。歳を重ね大人の渋い魅力が上乗せされているが、顔の作りはグラハムの方がシドと似ている。
「ねぇ、少し女同士で話さない?」
「えっ?」
「いいでしょう? 別に怖いことなんてしないから。ね?」
シドの母でもある伯爵夫人にそう言われてしまえば、カレン如きが断ることなど到底できない。第一印象としては歓迎されているようだが、それが夫人の本心であるかどうかカレンにはまだ判断がつかなかった。
「母上。それは少し急すぎませんか?」
ほんのわずか躊躇してしまったカレンを庇うように、シドが二人の間に割って入った。シドの広い背中が視界から夫人の姿を遮ってくれたおかげで、カレンの中に平常心が戻ってくる。
改めて考えると、夫人と一対一で話せる機会はとても貴重だ。母親と死霊術師、二つの立場から見たシドの人物像を知ることができるかもしれない。それにほぼシドの独断で連れて来られた自分が、一族にとってどう思われているのかも正直気になるところだ。
「わかりました」
短く返事をすると、シドが驚いた顔をしてカレンを振り返った。
「カレン!? 君は恐ろしくないのかい? 母上と二人きりで話すなんて……」
「ちょっと、シド。自分の母親を悪霊みたいに言うなんて、あなたの方がよっぽどひどいんじゃない? 大丈夫よ。カレンちゃんに話したいことがあるだけだから」
「万が一、彼女を傷つけることがあれば……たとえ母上であっても許しませんよ」
「きゃぁ~! カレンちゃん、愛されてるぅ!」
頬を両手で覆って身をくねらせるアシュリー夫人を見て、やっぱり親子なのだなとカレンは静かに納得した。
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