第11話 短いデート

 二人並んでベンチに座ると、急激に恥ずかしさが加速した。流れに任せてクレープ屋まで足を運び、そのままカップル専用のクレープを注文してしまった。上部が二等分されているからのクレープだということはわかるのだが、さすがにシドと二人で両端から仲良く囓り合うなんてことはできないだろう。

 今更ながら、なぜもうひとつ頼まなかったのかと後悔する。けれど代金はシドが払ってくれたので、わがままを言ってもうひとつ買ってもらうのも気が引けた。


「食べないのかい?」

「たっ、食べるわよ」


 上部が綺麗に分かれたクレープはハート型みたいに見えて落ち着かない。とりあえず片側を一口食べたあと反対側を食べてもらえばいいと、そう思ったカレンは意を決してクレープの端っこにかぶり付いた。――のだが、まるでそれを見計らっていたかのようにシドも反対側から同時にかぶり付いたものだから、カレンの視界は鮮やかなクレープを押しやったシドの端正な顔に埋め尽くされてしまった。


「……っ!」


 びっくりしてクレープを落としそうになった手を、上からシドの大きな手に掴まれる。重なり合うのは互いの視線だけでなく、鼻先もコツンとぶつかって、もはやキスよりも恥ずかしい距離感だ。幸いにしてカレンのかけた眼鏡が防御壁となったようで、シドは「残念」と言わんばかりに肩を竦めてようやくカレンから離れていった。


「なっ、ななな何やってるのよ!」

「君と一緒にひとつのクレープを味わっているところさ」

「別に一緒に食べなくてもいいでしょ!」

「カップル専用のクレープを頼んでおいてそれはないよ。さぁ、早く食べよう。何でもできたてが一番だからね」

「だったらあなたが先に食べてよ」

「それじゃあ、意味がないじゃないか」

「じゃぁ、私が先に半分食べるから」


 このままクレープを押し合いっこしていても埒があかない。そう判断したカレンは、シドに背を向けると一気に三口分のクレープをがぶがぶがぶっと頬張った。淑女にあるまじき行為だが、一応身を屈めて人の目に触れないように食べたつもりだ。せっかくのクレープの味もまるでわからなかったが、二人で端から一緒に食べることになっても恥ずかしすぎてどうせ味もしないだろう。

 まるでリスみたいに頬を膨らませた状態で残りのクレープをシドに押しやると、彼は一瞬面食らったあと、盛大に声を上げて笑った。


「まさか君がそんな行動を取るとは思ってもみなかったよ。カレン、君は本当にかわいいね」


 そう言うと、不意にシドがクレープを持っていない方の手でカレンの頬をやさしく包み込んだ。身構えた拍子に、カレンの鼻先をシドの長い指が軽く拭い去っていく。

 シドの指先には生クリームが付いていた。おそらくカレンが慌てて食べた時に、鼻に付いてしまったのだろう。


「君の肌に触れて、更に甘くなったかもしれないね」


 カレンが止める間もなく、シドは指先に付いた生クリームをぺろりと舐めてしまった。何か言いたくても、今カレンの口の中はクレープでいっぱいである。せめてもの反抗を示すように睨みつけてみたが、当の本人は素知らぬ顔でクレープを頬張るだけだった。


「そういえば、カレン」


 結局交互に食べ合うことになったクレープを平らげた後、シドが思い出したようにカレンの顔をじっと見つめてきた。


「君は眼鏡を外さないのかい? その眼鏡、霊を見ないために魔法処理が施されている特注品だろう? ここにいる者は皆、霊が見えるからといって君を奇異の目で見ることはしないよ」

「そういえば……そうよ。昨夜の御者も花かごを持った小さな霊も、それにメイだって使役霊のはずなのに、どうして眼鏡をかけていてもはっきりと見えたのかしら」

「使役霊は僕たち一族と契約を結んだ時点で、この世に留まる理由を得たことになるからね」

「理由を得ても、体は霊のままでしょう?」

「この世に留まりやすいよう、彼らには特別な『器』を用意するんだ。僕らは『人形』と呼んでいる。魂が馴染みやすいよう、生前の姿を模したものだよ」


 さっきシンディが言っていた『人形遊び』とはもしかしてこのことだろうか。

 使役霊たちは契約時に、生前と同じ姿の人形に魂を入れられる。カレンが目にしていたのは使役霊たちの外側の器だったのだ。


「今までずっとしてきたから、別に外さなくても不便は感じないんだけど……何か外した方がいい理由でもあるの?」

「眼鏡がない方がキスしやすいと思っただけだよ」

「防御のために眼鏡は外しません」

「それは残念」


 こう何度も耳にすれば、シドの軽口にもさすがに慣れてくる。冗談ではないのかもしれないが、あまりにもさらりと、時にわざとらしいくらい愛をささやいてくるので、どこまでが本気なのかがいまいち掴みづらい。いちいちまともに受け答えしていてはこちらが疲れるだけだ。


「そろそろ屋敷へ戻ろうか。両親たちも来る頃だろうからね」


 ベンチから立ち上がったシドが、自然な所作でカレンに手を差し出した。その手を取って、二人並んで広場を出る。屋敷までの道はそう遠くない。来る時も馬車を使わず、歩いてきたくらいだ。街の様子をゆっくり見たいと言ったカレンの願いを聞いて、シドが徒歩で行くことを許してくれたのだった。そんなカレンのために、帰りはあえて違う道を選んでくれる。そういうさりげない気配りを、カレンは素直にうれしいと思った。




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