俺の周り(俺以外)はラブコメで構成されている。

沙月雨

主人公の親友という立ち位置




————この世界には、然るべき『主人公』がいる。

眉目秀麗、文武両道、女子の人気も独り占め。


そんなまるで物語の主人公のような設定————それは、本当に『ラブコメの主人公』だから備え付けられているのである。

そして、俺はその主人公、結城蓮…………の親友である、『天笠日向』に転生した。





◇◇◇◇◇






記憶を思い出したのは、今考えれば天啓だったのではないかと思う。


幼稚園年少、齢3歳。その時、もうすでに俺は主人公である蓮とは親友だったけれど、まだそれがシナリオ通りだと知らない時。


そんな時、うちの隣————といっても右隣は蓮の家だが————に、同い年の女の子が引っ越してきた。


『速水陽菜』


引越しの挨拶の際、母親の影に隠れながらその少女が名乗った名前を聞いた時、雷に打たれたかのような衝撃が俺を襲った。

自分がまだなったことすらない高校生の記憶。残酷にも眼前に迫るトラック、そしてカバンの中に入っていた読みかけのラブコメ————


そしてしばらく記憶の整理に時間がかかりながらも全てを思い出した瞬間、俺は思ったのである。

この世界小説を、俺がトゥルーエンドに導こう、と。


だって考えて欲しい。

愛読している小説が未完結の状態で自分が死んでしまったらどうだろう。

死んでも死に切れないだろう。


そしてやはり死にきれなかった俺は、このラブコメの世界の主人公————の、『親友』として、それはもう悪戦苦闘したのである。


まずは俺がお隣さんである陽菜と仲良くなり、そして反対側にいる親友との仲をとりもち、幼馴染三人組としてずっと一緒に過ごして。


そして小説の設定通りの高校に三人揃って入学した時は、おもわず涙がこぼれそうになったものだ。

まあ、主人公やヒロイン補正がかかっていないただのモブにとっては、県内最難関と呼ばれている高校に入学するには血の滲むような努力が必要だったけれど、そんなの苦ではなかった。


だって今————本で見た憧れの光景が、すぐそこにある。



「おはよ、日向、陽菜」

「おはよう蓮。日向も!」



朝の挨拶を交わし、にこにこと平和な雰囲気が漂う男女二人組。

美男美女の理想のカップルのやり取りをしているこの二人————これが俺の幼馴染であり、この世界の主人公であり、————推しである。


いつ見ても尊い。推し達最高。


そしてそんな二人はしばらく会話を交わした後、ふと後ろにいた俺に気づく。

その瞬間パッと笑顔を浮かべた顔面偏差値天元突破二人組に、目が潰れると反射的に思った俺は悪くない。



「ひーなた! 無視すんなよ」

「うわ眩し、じゃなかった、おはよう」

「日向、どうしたの? たまにそういう時あるけど」

「いや、なんでもないよ」



まさか、推し達の姿を生で見て感動しているとも言えまい。

何故か俺を挟んで歩いている二人には並んで歩いてほしいとか仲良し構図見たいとか色々言いたいことはあるが、まあ最終的にはそんな二人が一番近くで観れるので全然いい。幼馴染万歳。


陽菜が早く行かないと、と急かし、それからしばらく三人でたわいも無い話をしながら歩く。

近所の犬の話で盛り上がる二人を見ては和み、二人に感謝し、そして今日も推し達が平和なこの世界に感謝していると、不意に蓮が口を開いた。



「はー、一年ってはやいよな。もうすぐ10月だぞ?」

「そうだね、もうすぐ文化祭だし」



えーと、あと一週間後? と首を傾げた陽菜は、同意を求めるようにこちらを向く。

その頬が少し赤くなっていることに俺はいたく満足しながら、うん、と何事もない顔で頷いた。



(待ちに待った文化祭イベント!!!)



説明しよう。文化祭とは、両片想いの二人が最も輝くイベントである!!(※解釈には個人差があります)

そしてそんな文化祭はこの世界ではどんな役割を果たすのかというと————文化祭の最後である後夜祭に出来事は起こる。



「文化祭といえば、二人は後夜祭ってどう過ごすんだ?」



白々しい顔をして俺がそう述べると、彼らはじーっと何故か俺の顔を見る。

流れが不自然だっただろうか、と冷や汗をかきながら、俺は続けて口を開いた。



「ほら、後夜祭でキャンプファイアーを二人で見て告白すると、永遠の愛がーってやつあるだろ。二人はモテるし、相手とかいるんじゃないかなって」



ジンクス。

それは、小説において二人の恋が発展する、いわゆる裏の立役者である。


そして幼馴染の男女、両片想いの二人、この小説のメインキャラ————この三つの完璧な条件が出揃った時、「相手がいるのではないか」という二人に対する問いはイェスであるQED!!!



「…………私は過ごしたい人なら、いる、かなぁ」

「まあ、俺も。そいつが嫌じゃなければ」


(確定フラグありがとうございます!!)



そしてお互いあらぬ方向を見ながら言い始めたのでビンゴである。耳が赤くなっているのさえも絵になるのだから俺の推し達は本当にすごい。



『…………蓮、抜け駆けはなしだからね』

『わかってる。陽菜もするなよ』

『今までずっと守ってきたじゃない』



言葉的にどうやらまだ誘えてはいないようだが、こそこそと俺の背後で仲良く何かを喋っているので、きっとそれも時間の問題であろう。



「「ところで日向は?」」

「いや俺はそんな相手いないけども」



そしてどうやら俺を気遣っているのか聞いてきた二人に端的に言葉を返す。

本当に気にしていないので、二人には二人きりの世界で心置きなく楽しんで欲しい。それを見て俺は楽しむので。


さて俺はどこでそんな二人を見守ろうか、と思いながら素知らぬ顔をして歩き続ける。

いつの間にか学校が見えてきて歩調が緩んできたと同時に、俺は進捗はどうだろうと蓮の様子を伺う…………と、不意に目が合った。



「うっ、あ」



何故俺。

なぜ俺を見る。見るべきは陽菜だぞ主人公。


まあいざという時は行動できる親友のことだから文化祭前にはきちんと誘うだろう、と考えながら、今度は陽菜を見る。

すると、こちらともまた目があった。



「ぇあ、う」



いや違うそうじゃない。

なぜ俺を見て何か言いたげな顔をする。それは蓮にしろ。


そう思いながら先は長いと小さくため息をつき、メインキャラ二人に挟まれながら門をくぐる。


————二人の恋のキューピッド役も、案外大変なものである。






◇◇◇◇◇





放課後。

ある人物に校舎裏に呼び出されていた俺は、小さく首を傾げながらも小走りで待ち合わせ場所に向かっていた。

俺を呼び出した生徒の名前は、さかき朱音あかね


まあ、その派手というか気合いの籠った名前でわかるであろうが、榊朱音という女子は登場人物でもメインキャラ…………しかしヒロイン枠は陽菜で埋まっている。


では彼女は何者か?


その答えは————彼女は、いわゆる『負けヒロイン』というやつなのである。



「蓮についてなんか相談かな?」



陽菜とも仲がいいその女子は、小説ではかなりの人気を誇る登場人物だ。

王道の清楚系ヒロインである陽菜に対し、天真爛漫で元気系ヒロインである彼女は、小説でも、そしてこの世界でも人気を二分している。


そしておそらく、彼女は蓮に思い切って後夜祭を一緒に過ごすよう誘うだろう。


『おそらく』というのは、俺自身が文化祭イベントが始まる前に車に轢かれたため、小説が最後まで読めていないためだ。

けれど、展開的にきっとそれは間違っていないと俺は思う。



「————あ、きたきた、天笠ー!!」



ぶんぶん、と手を大きく振っている榊に手を小さく振り返しながら、目の前に立つ。

すると夕日のせいだろうか、何故か頬を赤く染めた彼女は、唇を小さく噛み締めた。



「その、天笠に相談したいことがあって」

「ああ、それならなんでも言ってくれ。なんでもする」

「ほ、本当!?」

「「はあ!?」」



蓮との仲を取り持って欲しいだろうか、と考えながら力強く頷く。

俺は負けヒロインである榊も普通に好きなキャラだったので、見れるものなら主人公との絡みは見たいのである。


そして俺が返事をした瞬間何故か聞き覚えのある声がして振り返ったが誰もいないため、話をそのまま続けた。



「後夜祭の、話なんだけど」

「うん」



ビンゴである。フラグが立った、おめでとう俺、ありがとう世界。

喜びのあまり小さくガッツポーズをした俺に気づかず、榊は数回口を開いたり閉じたりした後————こちらをまっすぐに見つめた。



「天笠と、後夜祭を一緒に過ごしたいんだ」

「そういうことなら喜ん……………は?」



予想外の言葉に目を瞬く。

脳がキャパを超えて理解ができなくなった俺に、畳み掛けるように榊は続けた。



「天笠は友達だって思ってるかもしれないけど、でも私は————」

「「ちょっと待ったぁぁぁぁああああ!!!」」



榊の言葉が理解できない中、駆け込んできた騒々しい音に反射的に振り返る。

そこには見慣れた整った顔————そして男女が一人ずついて、そいつらは何故か仁王立ちをして榊を睨んだ。



「抜け駆けは無しだよ! 朱音!」

「ひ、陽菜? なんでここに」



これも小説のフラグかもしれない、と考え、縋るような気持ちで陽菜に問いかける。

蓮も一緒にいたことからその可能性が高いと納得していると、しかし彼女は俺が期待していた言葉とは違う言葉を発した。



「……………私、ずっと日向のことが好きなの。幼馴染としてじゃない。ただ、日向が好きなの」

「「「陽菜!?」」」



ヒロインによる愛の告白。

待ち望んでいたそれは主人公ではなく————俺?


何かがおかしいと気づいた時には、もう遅いのかもしれない。


だって俺が事情を聞こうと一歩踏み出した瞬間、後ろから誰かに抱きしめられたからである。

…………備考、筋張った綺麗な腕と、筋肉が適度についた引き締まった身体、そして…………16年間聴き慣れた声。



「————は?」

「日向は俺の親友なんだ!!」

「いやそうだけど、ちょっと待っ」

「だから、日向は俺と一緒に後夜祭を過ごすんだよ!!」

「はあ!?」



何故だ。何故何もかもうまくいかない。

頭が真っ白になって何も考えられなくなった俺は、ただ呆然とその場に立ち尽くす。


————俺はラブコメの主人公の親友として、やれることはやってきたはずだった。

主人公とヒロインの仲をとりもち、幼馴染として二人をそばで見守り。

そして高校に入学して出会った負けヒロイン…………といってはアレだが、主人公に告白して振られる女子も、胸は痛いがシナリオ上問題ないように工夫した。


それなのに、誰が思うだろうか。


清楚系美少女一人、元気系美少女一人、そして正統派イケメン一人。



「「「日向(天笠)、誰を選ぶ!?」」」



ヒロイン達と主人公が、ただのモブでしかない親友を取り合うなんて、一体誰が。


————ラブコメは予想外のハプニングがあれば読者は楽しむ、が。

こんなハプニングは誰も得しない、と考えながら、俺はずるずるとしゃがみ込んだ。






——————————————————————————————————




一応思いついてすぐ短編として書いたのでここで完結となります。ごちゃごちゃしてて申し訳ない。すみません。


諸々落ち着いたらもしかしたら続き書くかも………?という感じです。多分その時は他の枠取ってもう少し丁寧に書くかなみたいな。


まあ基本反応次第です。書くとしたら来週のどっかで書くと思います。なかったら察してください。


「面白かった」「続きが気になる」と思っていただければ幸いです。





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俺の周り(俺以外)はラブコメで構成されている。 沙月雨 @icechocolate

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