第4話 おかえりなさい
村のあちらこちらに広がる花畑が蕾をつけ、訪れる開花を待ちながら風に揺れています。買い物の帰り道、それらを眺めながら、リマはなごやかな気持ちになりました。
体感的には、もうそろそろ。
リマの幼馴染が都から送り続けていた花々は、毎年この季節になると花をつけ、咲き誇ります。
花びらや葉を摘んで香り袋へ加工したり、固い実から油を取ったり。村の産業にもなりました。
勇者さまは、姫君だけではなく、辺境のちいさな村も救ってくれたのです。皆が彼に感謝しています。
儀式を終えた姫の慶事は遠く、詳細はわかりません。
けれど旅は終わり、お役目を終えたことだけは伝わってきました。それだけで、リマの心は救われたように思うのです。
家の前で大きく枝を伸ばしている樹木にも、今年はたくさんの蕾がついています。ふくれあがり、今にも開きそうになっています。
ぐんぐん育ったわりに、ずっと花をつけようとしなかったこの木も、ようやくといったかんじです。今日はあたたかい一日になりそうですから、もしかしたら開花するかもしれません。
それはまるで、勇者たちの門出を祝っているように感じられました。
開花を楽しみに家路を辿っていると、木の下に誰かが立っていました。
リマが背伸びをしても届かない枝に軽々と手を伸べている長身の青年は、こちらの足音に気づいたのか振り返ります。
便りのないのは良い便りといいますが、それにしたって音沙汰がなさすぎます。
動揺を押し隠しながらゆっくりと歩いて、男の前で止まりました。
リマよりも、頭ふたつほども高い位置にある顔を見上げると、焦げ茶色の瞳に出合います。
柔らかく細められた目元には、ちいさな傷。彼がまだストレチアの
リマにとって彼は、勇者選定がされる以前からずっと、強くて優しい勇者さまでした。
「都は姫の婚約騒ぎで慌ただしくて、手紙なんて遅延しっぱなし。しまいには、他の荷にまぎれて戻ってくるんだ。もう待ってられないから、出すのは諦めた」
低くなった声でそう言った彼は、一輪の花を差し出しました。
もとは美しかったであろうそれは、水気を失い、花びらが散っています。
「ごめん。とっておきの花を――リマに似合う一輪を持って帰るつもりだったんだけど、駄目にしてしまった。だけど、リマ。僕は」
「ねえ見て。あなたが村を離れているあいだに、私たちの木はこんなに大きくなったのよ」
「……そうだね。僕の背と同じぐらいだったはずなのに」
「あら。あなただって大きくなったわ。村を出たときは、私と同じぐらいだったのに」
気まずそうに目を泳がせる幼馴染に、リマは笑みを漏らします。
長く時が経ったこと。それまで一度も村に帰らなかったこと。リマや家族に顔を見せなかったことを、責めるつもりなんてないのです。だってそれは国が定めた決まりごとなのですから。
離れていた時間は長いけれど、文字を通じて交わした言葉のおかげで、心はずっと傍にいたつもりです。
リマは頭上を仰ぎました。
枝についた丸い蕾たち。出かけたときには閉じていた花弁は、わずかな時間のあいだに開き、ひとつふたつと花を咲かせています。
「ずっと花がつかなかったの。今年、やっと蕾をつけたのよ。私たちの木が、ようやく花ひらいたの」
「そうなんだ」
「ところが私には高すぎて、よく見えないの。どうせなら手に取って、近くで花を見たいのだけれど」
首を傾げてリマが笑みを浮かべると、青年は目を見開いて、次に泣きそうな顔になりました。そのさまは幼いころを思わせて、リマはますます笑みを深めます。
外見は変わってしまったけれど、リマの好きな男の子は、あのころのまま、ここにいました。
そのことが、なによりもうれしくて、幸せでした。
青年は頭上に手を伸ばし、吟味したうえで、蕾――ではなく、大きく花弁をひろげたものをひとつ手折って、リマに差し出しました。
「待たせてごめん。これからは約束どおり、ずっと一緒にいるから」
「おかえりなさい、ルシアン」
「ただいま、リマ」
ようやく戻ってきた大好きなひとの名前を呼んで、リマは微笑みました。
おかえりなさい。
私の勇者さま。
私と勇者さま 彩瀬あいり @ayase24
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