第3話 見送り
父親とともに、町のバザールへ出かけたときでした。
十五歳になったリマは、ひとりでも店を出せるほど細工の腕をあげていましたが、若い娘だけで
ひとりの客が、リマが作った革細工の護符を見て言いました。
「これは勇者さまが持っていらっしゃる護符じゃないのか?」
「どういうことですか?」
「勇者さまが首に下げてなさるものに、よく似ているんだ」
男のあげた声に、他のひとびとが寄ってきて、リマの作った革細工に注目しました。
どうしたものかと困るリマの隣で、父親がのんびりとした声をあげます。
「この辺りではよくあるもんだよ、たいして珍しいもんじゃねえ。たしか、今の
俺が勇者の親ならそうするね。
そう述べたことで周囲も納得し、遠方からやってきたという客の幾人かが、リマの細工を購入していきました。銭を受け取りながら、リマは内心で湧きあがる気持ちをおさえます。
どうやら彼は、あのときに渡したものを、まだ持っているようです。
子どものころにつくったものですから、拙くて不出来なものに違いありません。そんなものを後生大事に首にかけているだなんて、『勇者』の格が下がってしまうのではないでしょうか。
でも。
それでも。
不格好なお守りを大事に持っているらしいことは、リマの心をあたためました。
近頃は、手紙の数も減ってきています。
仲間が揃ったことで、いそがしくなったのかもしれません。職務上、秘匿することも増えることでしょう。
綴られる言葉は減り、けれどずっと花の種だけは届き続け、リマはせっせとそれを土に蒔き、育てました。
綺麗な花の群生は村を彩り、なにもなかったちいさな村は、美しい花が咲き誇る村として、すこしずつ知られるようになりました。
『勇者』とは、選ばれし者です。
魔物を
剣を奮って戦う『剣士』との違いは、そこにありました。
だからこそ、たくさんの戯曲が生まれるのです。
霊峰山に咲く、王家の者のみが手にする花とはどんなものなのか。
その秘密を知るのは、王家に連なる者であり、勇者は姫と結ばれて、その一員となる。
儀式が近づいてくるにつけ、そんな話が囁かれるようになります。
成人の儀を終えた姫が都に帰還すると同時に、婚約が報じられるのが常です。たくさんの花びらを散らせて、姫君を祝う祭りは、どんなに華やかなことでしょう。
きっと誰もが期待を寄せ心待ちにしているそれを、リマは複雑な気持ちで受け止めます。
自身が持つ大きな力を持て余していた幼馴染が、『勇者』として才能を開花させ、皆に認められることを、どうして心から喜んであげられないのでしょう。自分はとても心が狭いのかもしれません。
いままで届いた手紙を何度も読み返しながら、リマはただ、彼の無事を祈りました。
姫君が十七歳を迎える数ヶ月前から、勇者たちが旅立ち、国を巡っているという噂が届きました。
かつて、災厄を鎮めるために始まった旅も、いまは姫君の成人を祝うための慶事となっています。当代の勇者や剣士といった面々を、都に行かずとも見られる行事でもあります。
彼の家族とともに、リマも一行が通るという日時を見越して、町に出かけました。
たくさんのひとが集まり、近くに寄れる状態ではありません。遠目にやっと、ちらりと見える。そんな程度です。
大きな通りの向こうから、馬に乗った集団が現れました。沸き起こる歓声に手を振っています。
簡易的な鎧を身に着けた男たち。
女性の姿は見えません。きっと姫君は馬車に乗っているのでしょう。
リマの瞳は、一行の先頭にいる男に吸い寄せられます。幼いころの面影を残しつつ、記憶しているよりもずっと逞しくなった幼馴染が、そこにいました。
気弱そうに笑っていた男の子は、もうどこにもいません。
堂々と背を伸ばし、自信に満ちた笑みを浮かべた青年は、周囲の声に応えるように手を振っています。
リマは泣きそうになりました。隣では、彼の母親が泣いています。
リマは涙をこらえて、心のなかでそっと彼の名前を呼びました。
アーサーの名に応える彼に向けて、聞こえない声で名を呼びました。
ふと、目が合ったような気がしたのは、リマの心が見せた願望でしょうか。
どうか、無事で。
立派にお勤めを果たせますように。
これから先も、皆が幸せでありますように。
「がんばってね、勇者さま」
幼いころ、旅立つ彼に贈った言葉を囁いて、リマは大好きな彼にエールを送りました。
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