第十三話 結論は先延ばし②
「ちなみに、そのコンカフェは女装してる男の子が働いてるんだけどね」
「ちょっと待って。急に話の流れが変わってくるじゃない。推しが女装男子なの?」
「男の子が女の子にTSしたっていう世界観だからね。推しも当然男の子だよ」
枝豆をさやから押し出して口の中に放り込むと、わりかし強めに頭頂部を叩かれた。ここで「親にも叩かれたことがないのに!」って反射的に言ってしまうあたりが
「一応確認しておくけど、その子は未成年?」
「未成年。しかも酔っ払ってる状態でプロポーズなんかしちゃって、一緒に朝を迎えては、逆に告白されて、その実は私の教え子だという詰みの状態」
「ブファッ!!」
おいコラ吹き出すとは何事だ。こは真剣に相談してるというのに。テーブルの上に飛び散ったビールの泡をいそいそとお絞りで吹いていると、スマホ片手に「お巡りさんこちらです」なんて巫山戯始める始末。
「あのさ、呼び出して申し訳ないけど、茶化すなら明日も仕事だし先に帰るよ?」
「ごめんごめん。何パターンか旦那と相談の内容を予想してたんだけどさ、ここまでくると笑けてくるし見事に斜め上を行く内容で我慢できなかった」
人のいないところで〝予想屋〟みたいな真似をされて気分がいいはずもない。まさか私の相談内容をかけて金銭をかけてはあるまいな――いや、してるな。この顔は。
「で、教え子に告られたんだって? 良かったじゃん若い子にモテモテで。どんな子なのよ」
「私の話聞いてた? いいわけないでしょうよ。教師になって十年で初めてのことだよ……はい、これ」
この姉ときたら、急にヘラヘラと笑いだして人の不幸を酒の肴に飲み始めやがった。なんて非情な人間なんだ。こんなに妹が悩んでいるというのに。
写真のフォルダの中に入っているミラちゃんとのツーショット画像を見せると、それまで愉快そうに笑っていた顔がわかりやすく固まった。
「……この子が男の子? ウソでしょ100%女の子じゃん。じゃあ下半身にチ◯コ生えてるの?」
「周りがうるさいから助かるけど、公衆の場で生々しい話はやめてくれない? そこはTSしたっていう設定なんだから」
「設定もなにも生えてるもんは生えてるんだから仕方ないでしょ。はあ〜この可愛さなら推したくなる気持ちもわからんでもない。他に写真はないの?」
実姉にミラちゃんを紹介する未来が訪れるなんて想像もしなかったけど、
ところが姉は、私の話を聞き終えると急に憐れむように肩に手を置いて、「仕事がそんなに忙しいか?」と尋ねてきた。
「限界まで疲れてるなら、少し仕事を休んだほうがいいんじゃない?」
「これまでの話を私の悲しい妄想劇に仕立て上げないで。いや、私自身今でもその可能性があるとは思うけど。
「そっか……あまりにも結婚に焦りだして、とうとう妄想を現実だと思い込み始めたのね」
度し難いのは本気で哀れんでるように見えること。確かに働き方改革とか言って優遇されてるのは若手ばかりで、少々のことでは辞めそうにないと足元をみられてる私みたいな中堅は、しょっちょうサビ残ばかり押し付けられて疲弊しきってるけども。
「悪ノリはここまでにして、まじめに聞くけどその子のことは〝男〟としてはどう思ってるの?」
「なんも思ってないよ。万が一にでも手を出してみなよ。都条に引っかかって懲戒免職は免れないって」
一教師として生徒と付き合うことは絶対にできない。それは従来の物理法則がひっくり返ったとしても絶対にあり得ない、と現時点では考えてる。
だけどミラちゃんの姿で告白されると揺らぐんだよなぁ〜倫理観とか道徳感とか諸々がさ。つい休日にデートしたりとか、近場に日帰り旅行に出かけたりとか考えてしまう。だけど化粧の下には鏡くんの素顔があるんだよ。
究極の二律背反に苦しめられるのだ。
「それならさ、いっそ卒業まで待ってみたら? その間を自分の気持ちを見定める気持ちに充てればよくない?」
「卒業したところで教え子なのは変わりはないよ」
「そんなの世間体を気にしすぎてるから、そう思ってるだけでしょ? 何が何でもダメだと思うならそれもまた自由だけど、断るのなら早めに伝えないといけないよ」
箸を手に胡瓜の浅漬を食むと、今の私には少し塩気の塩梅が辛すぎた。
✽
店を出ると「また近況報告を待ってる」と告げられ、姉とは別々の方向の電車に乗って別れた。最寄り駅までは数駅あるが座席は一人分のスペースも空いていなかったので、仕方なく扉の手摺りにもたれかかって車窓の外を眺めた。
「ほんと、これからどうしようかな……」
瞬く間に後方へと流れていく民家の明かりを、ぼんやりと目で追いながら暗闇の中に浮かぶのは、〝ミラちゃん〟と〝鏡くん〟の二人の顔――。浮かんでは消え、浮かんでは消える。
これだけ頭を悩ませておきながら、今すぐミラちゃんに会いたいと思っている自分がいて苦笑するしかない。なんとなく腕時計に目を向けると、思ったほど夜は更けてはいなかった。
「確か、今日はミラちゃんのシフトが入ってる日だったよな」
今から行けば少しは顔が見れるかも――。むくむくと会いたい欲求が鎌首をもたげて、次の駅のホームに到着すると扉が開いた瞬間、失った青春を取り戻すように小さくジャンプして飛び降りた。
「とりあえず、魅惑の森にでも行きますか」
自然と鼻唄を口ずさみながら、あの店の入り口を潜る自分を想像して反対側のホームへと向かった。
喪女で生き遅れな私が推しているコンカフェの女装男子がまさかの教え子でした きょんきょん @kyosuke11920212
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