第十二話 結論は先延ばし①
「でさ、そろそろ聞かせてよ。珍しく萌が私にしたい相談の内容とやらをさ」
騒々しい笑い声が飛び交う大衆酒場は、普通の声量だと掻き消されるくらいに混雑していた。隣の席でバカ騒ぎしている団体客のせいで、余計に声を張り上げないと会話もろくに出来やしない。
半個室なんて謳って、その実はペラペラの
目がとろんと座り始めていた姉の
姉に話したいことがあると相談を持ちかけて、それじゃ外で飲みながら聞こうかと誘われて小一時間。すっかりほろ酔い気分の姉に対して、こっちは断酒をすると決めているのでノンアルコールビールで我慢してる。幸せそうに飲んでいると飲みたくなるなあ……。
「私から詩姉に連絡しておいてなんだけど、実は今も言いにくかったりするんだよね……」
「あ、わかった。もしかしてオタ活で金欠だからってまた金を貸してほしいって? 悪いけど子供の塾代とかでむしろ貸してほしいくらいだから無理だよ」
「違うわい。実の姉に金の無心をするほど落ちぶれてはないって。ちゃんと計画的にやりくりしてるよ」
とはいえ数年前に一度だけ経験してるので前科アリ。あの頃は2.5次元俳優にハマってた時期で生活費さえ注ぎ込んでしまい、人生で一番金欠の時期だった。
「じゃあ、あまりにも部屋が汚すぎて近隣住民から苦情が届いて、強制退去を命じられたとか? 最近掃除に行けてなかったもんね」
「いや、さすがにそこまで汚れては――いや、汚れてないとはいいきれないけど、でも訳あって部屋はキレイになってるから大丈夫」
私のイメージってどれだけ酷いんだろうか――。定期的に姉に掃除しに来てもらわないと、人としての最低限度の生活水準も保てないと思われてるのが癪だ。実際はその通りなので何も反論できないけど。
「私なしで掃除したっての? 自堕落な女がそれまで汚かった部屋を綺麗にする理由なんて……まさか、とうとう喪女でオタクな萌にも春が来たとか? そんなまさかね」
そもそも私が底なし沼のオタク道に入門したきっかけを生み出したのは、姉自身であることを忘れてはなるまい。
まだ今ほど世間がオタクに対して寛容さを持ち合わせていない時代――〝腐女子〟という単語さえ、まだ広く一般的には認知されていない時代にBL好きとバレるということは、即ち魔女裁判にかけられるのと同じ運命を辿る。
当時中学生だった姉は、BLをこよなく愛して度々自宅に同志を集めては、
まだ小学生の私は姉に怒られないことをいいことに、度々読み耽っているうちに自他ともに認める腐女子に変わり果てていたという話である。まあ、遅かれ早かれ腐る素質はあったと思うけど。
重苦しい溜息を吐いてジョッキを傾けると、姉は
「なによ、ずっと浮かない顔してさ。実の姉にも言いにくい内容なの?」
「でなかったら、こんなに葛藤しないよ。むしろ口にするほうがデメリットしかない気がしてきた」
「なに、まさか法に触れるような真似でもしたわけじゃないでしょうね」
「してないしてない! いや、微妙?」
にわかに姉の視線が厳しくなる。当たらずも遠からずな鋭い指摘に、中途半端な返事をすると注文ボタンを押しながら、お前も飲めと言われて近くを通りかかった店員に、生ビールを二つ、大でと告げた。断酒は結局短命で終ることに。
「今なら一緒に警察について行ってあげるから、全部吐き出しちゃいな」
「捕まるようなことはしてないけど、お母さんとお父さんには内緒にするって約束してくれる?」
「わかったわかった。話さないから」
「それなら話す」
運ばれてきたジョッキを半分ほど飲み干して喉を潤してから、居住まいを正して深呼吸をする。
「実はね、今とあるコンカフェにハマってて、そこに最推しがいるんだけど先日飲みすぎちゃって、一人で帰れなくなった私を推しが自宅まで送り届けてくれたの」
「あ〜コンカフェね。確かに萌みたいな淋しい女はああいうのにハマったらとことんハマりそうね」
いちいちディスりを挟んでくる姉にイライラしながら、 完全に酔っ払ってて部屋の中まで介抱された挙げ句、しっかりと汚部屋を見られた上で掃除までしてもらった経緯を説明すると白い目を向けられた。まあそうなるわな。
「なるほどなるほど、それで自宅もきれいになってるわけね。いい年した大人がそんな醜態晒して終わってるとも思わない?」
「グフッ……心からそう思います」
胸を抉られながら、なんとか話を続ける。実際に終わってるのは確かだから甘んじて攻めを受けるしかない。だからここから先を話すのが余計に怖い。
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