第十一話 誤解③

 芦名百花あしなももかの透き通った白い肌に、濡羽色の艷やかな髪が腰のあたりまで伸びている。スラリと伸びた手脚はバレエダンサーのようで、普段はニコリとも笑わないことから氷の女帝クールビューティーなんて呼ばれていたりする。


「ところで、先生にご相談があるのですが」

「私に? 勿論いいわよ。なんなら今でも」


 答案用紙にきちんと名前が記入されているか確認していると、たまたまだとは思うけど鏡くんの答案に差し掛かったところで芦辺さんが口を開いた。


「実は、私見てしまったんです」

「見た? 何を?」

「……やっぱりここでは人の目があるので、場所を変えてもよろしいですか?」


 そういって連れてこられたのが生徒会室。普段は生徒会役員の他に立ち入ることはない聖域で、ここでなら誰にも聞かれないと鍵を閉められて椅子に座るよう促された。


「えっと、一体先生に話したいことってなんなのかな?」


 後ろ手を組みながら窓の外を眺めていた芦名さんは、振り返ると開口一番「最近生徒から脅されたりしてないか」と問われて、ぽかんと口を開けてしまった。


 私が生徒から脅し? 一体何のことかと訳がわからず返答に困っていると、何を勘違いしたのかそっと肩に手を置かれて、同情するような目を向けてきた。


「一生徒にバレたくないお気持ちは痛いほどわかります。ですが生徒会長である私がこの事案を見過ごすわけには行かないのです」

「ちょっと待って。芦名さんが何を言ってるのかさっぱり分からないんだけど」

「大丈夫です。現時点でこの事実を把握してる人間は、少なくとも私の他にはいません。口外するつもりもないのでご安心ください」


 そう言うと、ブレザーの内ポケットから複数枚の写真を取り出して机の上に並べた。そこに写っていたのは、私と鏡くんだった。鏡くんが私の手首を掴んでいる場面や、私のスマホを高くかざして取り返そうと必死な私が写っている。


 これって、あれよね? え、なんでこんな隠し撮りみたいな写真を日下部さんが?


「日下部先生、今まで気付いてあげられなくて申し訳ありません。まさか鏡柊夜に脅されていたなんて知りませんでした」

「いやいやいや! 一端話をストップしようか。何を誤解してるのかしらないけれど、私なんも脅されたりしてないからね?」

「そういうふうに言えと脅されてるんですよね。わかります。だって鏡は不良ですものね」


 悔しそうに唇を噛んで机を叩いているところ申し訳ないが、微塵もわかってないのだが……。前から少し正義感が強すぎるきらいがあるとは思っていたど、ここまで周りが見えなくなるとはとは思わなかった。


 そもそも当事者である私の話は少しも聞き入れないし、自分の憶測のもとで勝手に話を進めるところは、如何にも堅物な生徒会長らしくて、面倒くさいと言えば面倒くさい


 そう言えば昔もいたなぁ……。私は別に何も気にしてないのに、修学旅行の班ぎめで「日下部さんを省くなんて酷い!」と勝手にキレていた学級委員が。


 私は陽キャと一緒に行動するのが嫌で、大多数の生徒も私と絡みがなくて扱いに困っていたのは肌感覚でわかるというのに、勝手にイジメられて省かれてると思われた私は〝同情されて〟話したこともないクラスメイトの班に混ざる羽目になったんだった――。 


 あれはなかなかに地獄だったなぁ。オタク友達がいればよかったけど、共通の会話のネタもなくて終始気まずい思いをさせられた。当の本人は全く気にする素振りもなかったっけ。あれと構図はまるで一緒だ。


「 先生が頑なに脅されてる事実を否定なさるのは、きっとそれだけバラされたくないネタを握られてるのでしょうか……」

「いや、だから人の話を聞こうね。何もないって言ってるじゃない。鏡くんだって噂されてるような不良じゃないんだから」


 手の平を見せつけられ、それ以上は言わなくていいと首を横に振られる。確かに鏡くんが不良だと思われてるのは事実だけど、それは誤解だと伝えても何も聞きゃしない。


 ここまでくると妄想もかなりの割合で入っていて、正直怖い。我が校の生徒会長がこんなんで大丈夫か?


「皆まで言わなくていいです。きっとあられもないお姿の写真でも撮られたんですよね? それをネタに〝あんなことやこんなこと〟を強要されて、意思と裏腹に身体は従属しちゃうんですよね」

「さへてもないし、してないわ! ていうか、なにその女性向けレーベルから出版されてる過激な内容が売りのR18小説みたいな展開は」


 芦名さんって意外と妄想力豊か過ぎひん? 制服すら入学当初から初期設定のまま貫き通しているというのに、少なくとも真っ昼間の学舎で話すような内容ではない。


 普段の清廉潔白な彼女とは結び難い発言に若干引いていると、一瞬ではあるが〝しまった〟みたいな表情を見せて、すぐにいつもの氷の仮面に切り替わる。


「もしも私にできることがあれば、なんでも仰ってください。悩みを一人で抱えるよりかは幾らか気持ちが楽になるはずですから」


 それだけ伝えたかったと、会釈をして生徒会室から出ていってしまった。結局私の言い分はなにも聞くことはなく。そして、まさか、出来事が起こるなんてこの時の私は想像することも出来なか.った。




 

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