心問官リメンバの旅路
依想こころ
プロローグ
「人は何のために生きるのか」
――
ごうごうと燃え盛る炎は夜空を赤く照らす。
ツン、と鼻を刺す鉄の臭いが辺りに充満していた。
「何のために生まれ……何のために死から逃れ、生き延びようとするのか」
少し低く、
その凛々しい声に反して背丈は年頃の少女くらいだ。
「……何のためなの? リメンバ」
何処からともなく声がした。誰もいないはずなのに。少し高く、柔らかい声。
リメンバと呼ばれた長い白髪の少女の近くには――手に収まる程度の光の球が浮いていた。
「知りたいか、メモリア」
リメンバは光の球に向かってそう言った。
メモリアと呼ばれた光の球はふわふわと宙を飛ぶ。
「人が生きるのは幸せになるためだ。それ以外にはあり得ない」
「……ほんと? 他にもあるんじゃ?」
「――あり得ない」
メモリアの問いを叩き落すようにリメンバは即答する。
「どんな金持ちだろうと、奴隷だろうと、超常的な力を持った存在であろうと……心を持つ存在であればそれに例外はない。全ての存在は幸せになるために生きている」
「……そっか」
メモリアは納得したように呟いた。
リメンバは腰から黒い剣を引き抜くと一度だけ振った――木から落ちてきていた死体が真っ二つになり、リメンバに当たる事なく地面に落ちる。
「でも、幸せになるためにはどうすればいいの?」
「人が幸せになるための方法は簡単だ。自らの心に従えばいい」
「心に?」
リメンバは真っ赤に染まった地面を歩きながら話を続ける。
「人に心があるのは幸せになるためだ。心は自らの幸せを知っている。ゆえにそれを叶えるために感情を生み出す。
あの人と共に居られれば幸せだと知っているから"愛おしい"と思うのだ。恐ろしいものから離れた方が不幸を遠ざけられると知っているから"怖い"と思うのだ。
"嫌だ" "楽しい" "赦せない"
"欲しい" "苦しい" "愛おしい"
"羨ましい" "怖い" "認められたい"
"悲しい" "愛したい" "愛されたい"
……人は心を通して感情という声をあげている。ならば、人が幸せになるには感情に従えばいい。心が望んだ事を為せば幸せになれる」
「……そうなんだ」
メモリアは何となく理解したような反応を見せた。
「……でも、それなら簡単だね。感じた事をすればいいんだから悩まなくていいもんね」
「さて、それはどうだろうな」
「違うの?」
リメンバは胸に手をやって拳を作った。
「……人は時に迷う。他者の目や
「……」
「"こんな事をしてはいけないのでは"と疑う。
"まだしない方がいいかもしれない"と迷う。
"そんな事はしてはいけないはずだ"と律する。
疑心、惑い、抑圧……それらが心を歪ませる。やがて抱いていたはずの感情は薄れ、忘れ去られ、自らの奥深くに埋もれてしまう。そしてどうしたらいいか分からない想いだけが残り、幸せになる
リメンバの言葉を聞いてメモリアは悲しそうに控えめに光った。
「……なんだか悲しいね。あるはずなのに、なくなっちゃうなんて」
「ああ。そんな悲しみはこの世に必要ない」
リメンバは胸にやった拳を開いて、強く爪を立てた。
「人は幸せになるために心がある。
ならばなぜ疑う必要がある、なぜ迷う必要がある、なぜ律する必要がある。
そこに正義も建前もいらない。心は……人がどう動くべきかを決める指針だ。感じた事をそのまま為せばいい。
たとえそのために……どれだけの代償を払い、どんな罪を背負ったとしても」
リメンバの爪は自らのドレスを突き破り、わずかに血が滲み始める。
「真に望んだ事を為したなら人は幸せになれる。
心のままに、思うがままに……それこそが人のあるべき姿であり……それこそが、人が幸せになるためのたった一つの方法だ」
メモリアは納得したようにチカチカと光った。
「……そうなんだ?」
「そうだ」
「……そっか」
メモリアは辺りに散乱した死体の上を飛び回る。
「なら……ここの皆は幸せだったのかな?」
「さあな……だが、」
リメンバは血の臭いで満たされた周囲の景色を
「この光景を作り上げた者は――さぞ満たされている事だろうな」
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