ペンギンの愁・繰夢と亜布瑠・杯

五木史人

ぼくらはペンギンだから

寒い夜、水族館の広場をぼくは仲間と一緒に歩いた。

人間たちが遠巻きにぼくらを眺めていた。


ぼくはペンギン♂。

名はしゅう繰夢くりむ


ぼくは突然変異なのか神の悪戯か、能力を手に入れた。

念力と呼ばれる能力だ。さらに人間並みの知能も。


「行くのか?」

「ああここでの生活も楽しかったよ」


ぼくは生まれた時から一緒に育った仲間に別れを告げた。

行かなくてはならない。

ぼくの中の魂が、そう告げていたから。


水族館から抜け出すのは、訳なかった。

念力で飛べば良いのだ。


水族館の上空に飛翔すると、水族館では飼育員が残業をしていた。

好きだった飼育員だ。

「さよなら」

ぼくは夜空から別れを告げた。

水族館の人々がぼくの不在を知ったのは、次の日の朝だった。

風の噂では大騒ぎだったらしい。


ぼくは真夜中に街上空を飛び、海に出た。

これが本物の海らしい。

感動が魂を揺さぶった。


ぼくは迷うことなく海に飛び込んだ。

行き場所は決まっている。


将来、ペンギンの楽園と成る場所だ。


海中を泳いでいると、見慣れた生き物がいた。

シャチだ。


ぼくは水族館でしていたように、

「やあ」

と声を掛けたが、一瞬でそれが間違いだった事に気づいた。

親しいと思っていたシャチの目は、恐ろしく凶暴な目をしていた。

「死ぬ?」

そう思っとき、シャチの動きが止った。

そしてぼくの目の前を、ペンギンが横切った。


「何してるの!早く!逃げて!」

その言葉に従って、ぼくはそのペンギンの後を追った。


背後でシャチが動き出したが、何が起こったのか解らず右往左往していた。


「今のはなに?」

「音波攻撃だよ。まあ威力は小さいけど」


なんかとても可愛いらしい女子のペンギンは言った。

並んで泳ぐのがドキドキする。


「わたし亜布瑠あぷるぱい。君もあの島に行くんでしょう?」

「うん、そうだよ」

「一緒に行きましょう。海は思ってた以上に危険だから」


亜布瑠あぷるぱいの泳ぐ姿は、凛々しく逞しかった。


その島は、寒い寒い所にあった。

人は住んでない無人の島だ。


ペンギンたちの楽園。

いやまだ楽園とは言えない。

楽園にして行こうと言う最中だ。


その島にはすでにペンギンたちが、集まりだしていた。

世界中の水族館や動物園から、抜け出してきたペンギンたちだ。


何らかの能力を持っているペンギンたちだ。


亜布瑠あぷるぱいは、島に上陸すると歩き出した。

その歩き方に泳ぎと違って逞しさは一切なく、ひたすら可愛かった。


ぼくと亜布瑠あぷるぱいは、島をあちこち見て回った。

亜布瑠あぷるぱいは、ぼくの耳元で呟いた。

「なんか違う」

ぼくには亜布瑠あぷるぱいの言わんとしたことが理解出来た。

ペンギンたちは、まるで人間のように働いていたのだ。

ぼくたちは能力を手に入れた。そして人間並みの知能も。


「違うよね」

亜布瑠あぷるぱいは、ぼくに同意を求めた。

「うん」

ぼくは曖昧な返事をした。

「わたしたちはペンギン。人間じゃないよね」

「うん」

「出よう」

「うん」


そして、ぼくと亜布瑠あぷるぱいは、海に飛び込んだ。

ぼくらはペンギンだから、ペンギンで在るべきだから。



      完

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ペンギンの愁・繰夢と亜布瑠・杯 五木史人 @ituki-siso

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