虫螻の翅

@Moka-12

虫螻の翅



蒸し暑い夏の日、電車の揺れに身を任せながら、私は蛍光灯を見つめていた。光の中に引き込まれるように、ぼんやりとした視線をそこに固定していた。まるであの誘蛾灯に留まろうとする虫のように、私は無意識のうちに光を求めていたのかもしれない。


「大丈夫?」

隣から柔らかい声が聞こえてきた。驚いて視線を横に向けると、そこには彼がいた。私より一歳年上の彼は、優しくて、頭が良くて、少し不器用なところがあって、そして何よりも泣き虫だった。


「うん、大丈夫」

そう答えると、彼は少しほっとしたような顔をして笑った。あの笑顔が、今でも鮮明に思い出される。彼との時間は、まるで蜃気楼のように、現実から少しずつ遠ざかっていく。


でも、それでも私は彼に「さよなら」と言った。未来を選ぶために、自分を信じて、新しい道を進むために。でも、あの日、自分が泣いていたことには気づいていなかった。私が泣いていたのは、彼を失ったことではなく、私自身の決断が招いた孤独にだったのだ。


それから2年の月日が流れた。彼を忘れることができないのは、彼が特別だったからではない。初めてキスをした彼氏よりも、私のことをたくさん泣かせた先輩よりも、短い時間しか一緒にいなかった彼との記憶が、いまだに私の心を強く揺さぶるからだ。彼との日々は、私にとって何か特別な意味を持っていたのだろう。それが何なのか、まだ分からないけれど。

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