未返却。

こんこんこんと、扉を叩く音がした。

建築年数四十年のおんぼろアパートの俺の部屋の扉をだ。

トイレと台所とおまけみたいな押し入れが着いてはいるが、風呂は無い。

床は日に焼けて黄色くなった畳敷きのワンルーム。

彼女いない歴十数年。訪ねてきてくれるような友人すらいない、この俺の家の扉を叩こうなんざ、いったいぜんたい何者か?

それもこんな真夜中に。

傷ついて濁った覗き穴から、相手を確認。

いかにもな制服姿の警察官が汗を吹きつつ、しっかりまっすぐ立っている。

物騒な世の中だから、どこかで起こった事件に、いつの間にか巻き込まれていたのだろうか。

無視を決め込み、覚えもない罪を着せられては大変だ。

ここは、素直に応対しよう。

「はい。こんな夜中に何事ですか?」

錆び付いたチェーンの隙間分だけ扉を開く。

物騒な世の中だから、警察官のふりをした用意周到な強盗とも限らない。

用心するにこしたことはない。

「やっと、開けてくださった」

警察官は目深に被っていた帽子をさっと取りあげた。

するとどうだ。その姿は鶴へと変化した。

そうして、くえくえとうるさい鳴き声をあげながら、言葉を続けた。

「また生まれ変わったので、今度こそ恩返しに参りました」


こんこんこんと扉を叩く音がした。

あれは何百年前のことだったのか。

木造の粗末な山小屋に、吹雪と共に響く音。

くえくえくえとうるさい鳴き声をあげながら、扉の外で何者かが話し出す。

「恩返しに参りました。あの時助けていただいた鶴なのですが…」


ふう、やれやれ義理堅いやつだ。

あの時、恩返しを断ったばかりに、何度生まれ変わろうとも、こいつは必ず俺を見つけて、扉を叩く。

そうして、俺は何時でもそっと、そいつの気持ちを拒絶する。


もう、いい加減に言おうかな。

「あの時、お前を助けたのは俺だけど、罠を仕掛けたのも俺だった」って。

あの時はなんか、鶏肉の気分じゃなかっただけだったんだ。

理由なんて、ただそれだけ。

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思いつき童話 はるむら さき @haru61a39

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