第4話 そういうことになりました


「気に病ませてごめんね。でも私なんて、普通に呑気に生きてて。自分が新しい世界で生きていることに気づいたの、ぶっちゃけついさっきだよ」

「マジですか」

「だから本当に気にしないで。どんな偶然かわかんないけど、こうしてまた会えて、しかもうちの家と仕事するってことは、これからも会う機会がありそうだし。充電石に関する商品開発とかさ、森川くんとなら楽しくやれそう。だってあれ、充電式乾電池みたいなものじゃない? 森川くん、たしか工業高校卒だよね」

「電気科です。俺、モノ作りの仕事がしたかったんですよね。だから父親にこの仕事を任されたときも嬉しくて。企画書出したら、これは分社化したほうがやりやすいんじゃないかって言われて」


 ついさっきまで悲壮な顔をしていたけど、今は瞳をキラキラさせて楽しそうに話してくれる。うんうん、若者はこうでなくちゃ。


「女子高生がなに言ってるんですか。俺より若いですよ」

「そっか。私、森川くんより年下かあ。タメ口きいてる場合じゃないよね。ニルスさま?」

「……なんか、すっげーもぞもぞする。石村さんに名前呼ばれるとか、やばい」

「私の場合、こっちでもマリエなんだよね」


 たぶん、あのゲームは主人公にデフォルトネームがないせいだろう。自分の名前でプレイするタイプじゃなかったから、適当な外国女性の名前を入れて遊んでたはずだけどなあ。


「ゲーム?」

「あー。言ってなかったっけ。生まれ変わるというだけで非現実的だけど、もっと非現実的なことがあってさ」


 説明すると森川くんは唖然とした顔をして頭を抱えた。わかる、わかるよその気持ち。


「そういう系、読んだことあるから知ってる。森川時代には姉がいたから、女の子向けの作品とか俺も結構好きだったんですよ。それで石村さんはどうしたいんですか?」

「どうって、エンディングのこと?」

「定番なら王子でしょ。たしか殿下は十七歳で、男子校に通ってますよね」

「あー、いるねえ。でも私はいいや」

「……じゃあ、他の攻略対象ですか」

「それもいいや。だって相手、高校生だよ? 身体年齢的にはセーフでも、私の意識としてはアウトだよ。べつに無理に恋愛しなきゃいけないゲームでもなかったし、せっかくだからお仕事方面に行こうかなって思ってる」

「そっか、よかった、安心した」

「いや、さすがに高校生相手に恋愛感情は湧かないよ。もともと年下は対象外だったけど、年下通り越して相手はただの子どもじゃん」


 あからさまにホッとされて、ちょっとカチンときた。

 森川くん、キミは私をどういう目で見ているんだ。思い出す前はともかくとして、自覚した今はもう無理でしょ。

 高校卒業してすぐに結婚した同級生は、子どもが高校受験だって話をしていて、眩暈がしたもんだ。時の流れとはつくづく恐ろしい。


「そういう意味じゃなかったんだけど、まあいいや」

「じゃあどういう意味」

「石村さん、覚えておいてくださいね。今の俺は、あなたよりみっつ年上です」

「うん、年齢差が逆転したねえ」

「もう年下じゃないので」


 念押ししてくるので、訊いてみる。


「つまり、淑女としては、年上の男性に対しては丁寧に接しろと。今からでも敬語使ったほうがよろしくて?」

「――石村さんって、やっぱりそういうひとですよね。いいです。石村さんまだ学生だし、長期戦でいきましょう」

「商品開発の話?」

「会社作るの、手伝ってもらえますか?」

「勿論。ついでに卒業後は就職させてもらえたら嬉しいなあ。今度こそ終身雇用がいい」


 高卒で入社して事務員やって、途中退場しちゃった前世。

 思い出した途端に出会った、同じく退場したかつての同僚が起業しようとしているのだ。こんな契機、逃す手はない。狙うはバイトからの正規雇用!

 打算まみれの私の思いを察していないわけではないだろうに、森川くんは晴れやかな笑顔。


「いいですね、是非。ずっとずっと一緒に働いてください」


 熱い眼差しで見つめたうえで手を取られると、さすがにドキドキする。熱烈勧誘されて嬉しいかぎりだ。

 やっぱり森川くんも、日本の記憶を持った人物と会えて嬉しいのだろう。

 おまけに同じ会社にいたから、なにかの作業をするにしても「あのときのアレ」で通じるし。


「今度こそ、死ぬまで一緒に働きましょう」

「それ、受け取り方によっては社畜発言だよ。ブラック企業みたい」


 ゲームの主人公に転生したらしいと気づいたときには胃が痛くなったけど、前世の同僚と再会できたおかげで、これからもなんとか暮らしていけそう。

 私は安堵した。



     ◇



 互いの両親にも話をしたうえで学生時代から秘書よろしく付いてまわって現場に赴き、表立って行動を共にしているうちに、自然と呼び名も今世のものになっていった。

 部下であるはずの私に敬語を使うニルスは、単純に「誰に対しても丁寧なひと」と認識され、顧客の印象は良かったとかなんとか。


 そんなかんじで過ごして、私の卒業を待ってようやく新会社設立。

 いやあ、よかったよかった。これからも頑張ろうね。


 なーんて思っていたら、ニルスのご両親に「それで結婚はいつだね」と訊かれてポカーンとなった。

 茫然とする私に対し、もうすこし会社が落ち着いてからにしようと思ってるんだと普通に返答するニルスを事務所に戻ってから問い詰めると、呆れた顔をして言われた。


「いまさらなに言ってるんですか。マリエさんのご両親にも会いにいったし、うちの両親とも何度も会ってるでしょ」

「それとこれとは話が違わない?」


 だって私の両親へのそれは、未成年がバイトするにあたって保護者へ挨拶するようなもんだろうし、ニルスのご両親は私にとっても「実家の特産品を取り扱ってくれる商社の社長夫妻」なわけで。

 男女交際的なそれとは違うでしょう!


「違わない。俺は最初からそのつもりで声をかけたし、そちらのご両親にもきちんと話をしてる」

「聞いてないし!」

「あのさ、学校に通う成人前の娘を、未婚の若い男と一緒に働かせる親御さん、いると思う?」

「うっ……」


 最高学年にあがると、貴族令嬢たちは嫁ぎ先の話になる。だけどうちの両親は何も言わなくて、それは私がすでにニルスの会社に内々定を得ているから焦っていないだけだと思ってたんだけど、そうじゃなかった? 就職は就職でも、お嫁さん的な就職先だと思ってたってこと?


「嫌ですか? あなたにとって、俺はまだ『かつての年下の同僚』のままですか?」

「……イヤじゃないから困ってるんじゃないのよう」


 恥ずかしさのあまり机に突っ伏してうめいていると、笑い声が降ってくる。


「成果を確実にものにするためには、事前の根回しが重要なんですよ、石村さん」


 ずっと好きでした。

 落ちてきた言葉に、私のこころも撃沈した。


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嫌がらせを受けて前世を思い出したので、注意喚起することにしました 彩瀬あいり @ayase24

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