第3話 同僚と再会しました
ひょんなことから前世を思い出して脳が疲れた。糖分を補給したい。とっておきのお気に入りのスイーツが食べたい。
「あー、ナルセのチーズケーキが食べたい。クルミケーキでもいい」
地元の洋菓子店が浮かぶ。通勤ルートにあったので、会社帰りによく立ち寄ったものだ。
雑念を振り払うべく頭を振った私だが、いきなり腕を取られてつんのめった。誰だよ、危ないじゃないか。まったく今日は厄日か。
今度はいったい誰の嫌がらせだと睨みつけると、視線の先にいたのは男のひとだった。
たぶん少し年上。二十代前半。
教師というにはいささか若い気がする。伝統ある王都の女学院というだけあって、恋愛沙汰に発展しそうな若い男性は採用していないと噂で聞いている。
では誰かの親族だとしても、案内役もなくひとりというのも不審。
「……どなたですの?」
「今、ナルセって言わなかったか? ケーキ食べたいとかなんとか」
「レディの独り言を取り上げるだなんて、紳士失格ではありませんこと?」
「教室で話をしてたの、君じゃないのか? 石を落としたことに対してあれこれ言ってただろう」
「そ、それがどうかいたしまして?」
ヒートアップしすぎたか。声が教室から漏れていたらしい。
間違ったことは言ってないと思うけど、十七歳の女子が、同じく十七歳の女子たちにする内容ではなかったかもしれない。
「私の地元は鉱山がありますの。ああいった事故については叩き込まれておりまして、危機意識が足りない方をみてついカッとなってしまいました。お耳汚しを失礼いたしました」
丁寧に頭を下げてみる。
どうだ、それっぽいだろう。納得してくれたまえよ、青年。
すると彼はとんでもないことを言った。
「青野建設工業の
「は?」
なんですと? それは私の生前職場じゃないか。
「だよな。そうだよな。俺、俺だよ!」
「いや、そんなオレオレ詐欺みたいに言われても」
「その返し懐かしい! じゃなくて、俺、
「森川主任!?」
なんですと? パート2。
あの日、ノーヘル半袖野郎にマウントを取られた気の毒な主任は、前世とは似ても似つかない外国人顔でそこにいた。
いや、私もたいがいひとのこと言えないビジュアルだけどさ。
◇
場所を移した。校内併設のカフェは、外部からのお客様にも開放されているため、在校生の親族がやってきたときにも利用される施設である。
「まずは、おひさしぶりです、石村さん」
「にわかには信じがたいけど」
「うん、それは俺も。石村さんがこんなコスプレ女子みたいな姿になっているとは」
「それは言わないで! 染めたい。このカラーリングは人類としておかしいと思う……」
思わず突っ伏して嘆く私に、森川くんは笑った。
「まあ、魔法がある時点で地球の科学とか物理法則とか通じないわけだし、髪がカラフルなのもたいしたことじゃないって思う」
「たいしたことだよ。私は地味に生きたい、主人公とかマジ勘弁」
「ベタなこと言いますけど、誰もが自分という人生の主人公ですよ」
「……森川くんって、わりと真顔でそういうこと言うよねえ」
「悪かったですね」
「悪いなんて言ってないよ」
むしろそういうところが好きだった。べつに恋愛的な意味ではなくて、人間として。
若手のホープで、三十歳で主任へ昇格した森川くんは、みっつ年下の後輩社員だったけど、すごくしっかりしてたんだよね。
「ところで森川くんはなぜ女子高に侵入を?」
「人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。目的はひとに会うことだったんです」
「誰ですか?」
「今、会ってます」
「へ?」
「マリエ・ドローバーグ。石村さんですよね」
「なぜ私に?」
すると森川くんは背を正し、穏やかな笑みを浮かべた。
「申し遅れました。私はニルス・ハーヴェスト。新しい魔石開発事業を担当させていただくことになり、王都にいらっしゃるお嬢様方にもご挨拶に伺ったところです」
「ああ、あのハーヴェスト家の次男。え、森川くんだったの?」
「だったんですよ。こっちも、会いにきた相手がずっと気になってたひとだとは……」
笑みが崩れて泣きそうな表情へ変わる。
っていうか、ほんとに泣いてない?
「いや、ちょっと大丈夫?」
「だってさ、自分が生まれ直ったらしいことがわかって、地図見たら知らない形してて、地球以外にも人類居たのか、科学じゃなくて魔法が発達した宇宙人もいるのかって思ってさ。なら、以前にはできなかったことをやろうって決めたときに、石村さんのことを思い出したわけですよ」
「まあ、死にざまがアレだったしねえ」
「俺が頼んで、突発で現場案内に付いてもらったのに、あのクソ野郎にセクハラされて、あげくに――」
森川くんはくちをつぐんだ。机の上に置いた拳が震えている。
「……すげー後悔して。俺のせいで石村さんが事故にあったのに、俺だけ新しい生を満喫してるとか最低じゃないっすか」
「ちなみに森川くんは、いつそういった記憶を?」
「十歳のときに、父親に連れられて木材加工の現場を見に行ったんです。兄貴はもう作業場に連れていってもらってたけど、俺は初めてで、嬉しくて。あちこち動き回っているとき、立てかけてあった角材が倒れてきて。あ、って」
そこで教えてくれたことによると、あのとき我々の頭上に落ちてきたのは、積んであった木製パレットだったらしい。
それからは前世で培った知識や経験を基に行動し、親と一緒にいろんな職種に携わり、各現場で働くおっちゃんたちからはずいぶんと可愛がられたそうだ。
想像つくなあ。森川くん、現場受けがよかったし。いじられつつ可愛がられていた印象が強い。
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