第2話 注意喚起をしました


「手に取って確認しましたが、刻印が入っておりますわね。なんらかの記念に作られた魔道具にセットされていた、初期ロットの魔石ではないでしょうか。記念品ではよくあることだと聞き及びます」


 成り上がりの魔石屋だからこそ、業界のことはよく調べた。

 ペリエ伯爵家は数代続く魔石屋で、ぽっと出の我が家なんて吹けば飛ぶような存在ではあるが、新しい魔石の形ということで許容され、なんなら共同で製品を作ってみようかという動きすらあるぐらいだ。


 ペリエの魔石を多く扱っている商家もかなりの大手。ハーヴェスト家は爵位こそないものの、そのへんの末端貴族よりもよほど裕福で、社交界にも積極的に顔を出しているとかなんとか。

 跡継ぎは長男なので、次男はみずから会社を立ち上げようとしており、今回の伯爵家とのコラボを言い出したのも彼らしい。子どものころから才覚を発揮していて、まだ二十歳ながら野心家だと評判の若手実業家である。



「……あの、わたくしは、べつになにもしていなくて、アザリアさまがどうしてもっておっしゃって」

「な、なにを言いますの。あなただってマリエが気に入らないって以前から何度も」

「それはアザリアさまが声高におっしゃるから、わたくしたちは伯爵家には逆らえませんし」


 私が考えこんでいると、目の前で仲間割れが始まった。ずっと黙っていた片割れの女子が無関係を主張し、アザリアは食ってかかる。醜い争いだ。もともと仲間でもなんでもなかったのかもしれないけど。

 だが、そんなことはどうでもいい。止めなかったんだから同罪である。


「そちらさまの言い分もわかりますが、殺されかけた私にとって、どちらも犯人ですわよ」

「殺され!? 大袈裟なことを」

「当然でしょう。これが頭の上に落ちていたら、どうなっていたとお思いですか?」

「どうって、たかが石じゃない。しかもこんな小さな」

「こちらの魔石、かなりの硬度がありますわよね。その石がこうして欠けてしまったということは、どれほどの衝撃になるか想像がつかないのですか?」


 子どものちょっとしたイタズラがとんでもない事故を引き起こすことがある。歩道橋の上から物を落として走行中の車のフロントガラスにヒビが入ったとしたら、どうなるか。状況によっては何台もの車を撒きこんだ重大事故になり、多くの命が失われかねない。


「初等科生ならともかく、私たちはもう十七歳です。自分がやったことが他人の命を奪う可能性があることを理解し、行動を起こすべきではありませんの? どう責任を取るおつもりですか」

「責任って」

「アザリアさま、昨年デビューを済ませ、王子殿下とファーストダンスを踊ったのだと自慢――いえ、報告なさっていたではありませんか。私たちの誰よりも早く社交界へ出た。つまり世間で認められた大人になっているわけですから、当然ご自身で賠償責任を負っていただけるということですわよね」

「ばいしょう?」


 アザリアは目を白黒(彼女の瞳は碧眼だけど)させ、隣に立っているモブ令嬢に助けを求めるも、彼女は一歩下がって距離を取った。モブ子さんはアザリア父の部下の娘らしいので、権力に逆らえず巻き込まれたんだろうけど、これも社会勉強だと思って聞いてほしい。お店の信用問題にかかわるとあなたの家もヤバいんだから。


 本人だけではなく親兄弟にも影響が出るであろうことを言うと反論されたけど、他家が起こした問題で発生した悪意ある噂話をひとつも聞いたことがないのかと問い返せば、目が泳いだ。

 そうだよね、むしろあなたが発信源になって、ないことないこと言いまくってましたよね。

 ご令嬢のお茶会は恐ろしい場所です。どこの世界でもスクールカースト上位の女子は怖い。


 同年代ならともかくとして、今の私は中身がアラサー事務員。ひとつ労働災害が起きれば、どれだけのひとが動き、対応に走り、内容によっては公的機関の立ち入りがあり、類似箇所の洗い出しがおこなわれ、改善を指示されたりするのかを身をもって知っているのだ。苦言を呈したくもなるというもの。これは私の優しさだといってもいいだろう。

 断じて前世の死にざまを思い出した、ノーヘル野郎への八つ当たりではないのである。


 あなたの行動ひとつで、この学校の品位が下がり、家格が下がり、世間からは「問題を起こした家」として色眼鏡で見られ、それはぜんぶ今のあなたが気軽におこなった「窓の下に石を落とす」という行為によって引き起こされる未来のひとつ。

 伯爵令嬢だと居丈高に言うのであれば、家に泥を塗るような真似はするべきではない。

 見られる立場であることを自覚し、恥じない行動を取れ。お天道アポロニアス様は見ているのだ。



 喋り倒したあと、一息ついたタイミングで鐘が鳴った。そろそろ退校しなさいという合図だ。

 すっかり気圧された感のあるアザリアだが、この程度でへこたれるようなタマではないことはわかっている。でも言わないよりマシ。


「今回たまたま大事には至りませんでしたが、あなたの行動ひとつで物理的にも社会的にもひとが死ぬことを心に刻んでおいてくださいませ」


 私は彼女たちに背を向け、教室を出る。

 おっと、別れの挨拶を忘れていた。お嬢様学校の規律は厳しいのだ。教師に見つかったら「きちんとご挨拶を」と言われてしまう。お嬢様も楽じゃないね。


「ではお二方。ご安全に」


 にっこり笑ってそう告げて、私は教室を後にした。

 ごきげんよう、じゃん。

 別れの挨拶を間違えたことに気づいたけど、まあ間違ってはないからいいか。


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