嫌がらせを受けて前世を思い出したので、注意喚起することにしました

彩瀬あいり

第1話 前世を思い出しました


 ひゅんという音がした途端、目の前をなにかがかすめ、カツンと硬質な音がした。

 思わず立ち止まってまばたきをひとつ。

 視線を下へ動かすと、敷き詰められた石畳とは違う色合いの石があった。さっきのは、これが落ちてきた音だったのだろう。

 落下による衝撃で欠けてしまった石を取り上げて確認すると、魔力切れとなった魔石だった。

 どうしてこんなところに?


 訝しむ私の耳にクスクスと笑い声が降ってきて、空を仰ぐ。校舎の三階にある窓辺にふたりの女生徒が立っており、こちらを見下ろしている。

 その瞬間、衝撃が走った。空からとてつもない重力で押されたような感覚。

 私はこの状況を、知っている?

 前世でプレイしていた女の子向けシミュレーションゲームで、似たシチュエーションがあったような――


 いやいや待て待て。決めるのは早計だ。

 私は自分の姿を確認する。


 漫画的デザインの制服は、赤茶色を基準にしたブレザータイプ。チェック柄のスカートは膝上丈で、つるりとした膝小僧が覗いている。ガサついた角質まみれのアラサーとは程遠い十代の肌に目を見張る。黒のハイソックスの先に、学校指定っぽい焦げ茶色のローファー。

 うん、学生。


 ポケットに入れてあるコンパクトを取り出すと、内側にはめこまれた鏡に自分の顔を写した。

 肩にかかるピンク色の髪。クリッとした大きな瞳と出合って息を呑む。

 いかにもな「ヒロイン」の姿。

 よりによって主人公とか勘弁して。


 姿形が日本人ではない時点で、これは『転移』ではなく『転生』だろう。

 転生理由は。


「あー……。やっぱ死んだか。そりゃそうだよね」


 思い当たった最後の記憶がよみがえり、命を落としたであろうことを納得する。

 私は地元の土建会社に勤める事務員だったのだが、その日は訪れたお客様の案内に現場に出ていた。


 少人数の職場なので、たまに応援に出ることはあるのでそれはいいんだけど、訪れた客がバカだった。

 どこそこのお偉いさんの親族だという男は、よりにもよってノーヘル半袖で現場に入り、訳知り顔であちこち触って薀蓄うんちくを垂れる。一緒に案内を務めていた主任は愛想笑いを浮かべつつ必死で止めるも、「おまえ入社何年だ」だのとクソみたいなマウントを取ってきて逆ギレする始末。私に対してもセクハラかましまくってきて、「なんでスカートを履いてないんだ、生足を見せろ」とかアホみたいなことを言ってくる、絵に書いたようなクソだった。


 私たちが「さっさと終われ」と祈る中、客の男はついにやらかしたのだ。

 どこをどう触ったのか私にはわからないけど、主任は血相を変えたので相当ヤバイことをやったんだと思う。

 上から落ちてきた砂利。

 自然と見上げた頭上。

 何かが落ちてくる。あれはなんだろうと考えているあいだに迫ってきた視界いっぱいのそれ・・に、私はおそらく潰された。



 ぶるりと体が震えた。

 腕をさすった仕草を見てか、上からさらに笑い声が落ちてきて、小声と装った「聞かせるための悪口」が追加される。状況から考えて、犯人は彼女たちだろう。


 私が認識しているゲーム世界だと仮定すれば、舞台はお嬢様学校。隣接する男子校と交流しながら進めていく一風変わった設定だ。

 共学じゃないとは驚愕だけど、海外のパブリックスクールって基本的に男子校だよね。男女入り乱れているほうがむしろ異質。貴族令嬢は家庭教師による自宅学習のはずだけど、それだと物語が始まらないよね。仕方ない。

 ゲームはマルチエンディング方式で、恋愛に邁進するもよし、勉強に猛進してキャリアウーマンを目指すもよしというところも、ちょっと変わっていたと思う。


 挨拶が「ごきげんよう」というハイソなお嬢様学校に通う主人公は、地方の男爵令嬢。領地は取るに足らない場所だったはずだが、山から新しく採掘された鉱石が魔力を良く吸うことがわかった。使い捨てが当たり前だった魔石を、再利用できる充電式魔石として世に出したことで脚光を浴び、一部からは成金貴族と囁かれる立場にある。

 その背景から、土砂や砂利をぶっかけられたことはあるのだが、上から石を落とされたのは初めてだ。

 しかしこれは序の口で、そのうち的当てゲームよろしく石が落ちてくることになるはずだ。


 リーダー格の女生徒は、これまで国内の魔石流通の最大手だった伯爵家のご令嬢で、名はアザリア。我が領地の充電石じゅうでんせきのおかげでだいぶ売り上げが落ちて、それゆえの嫌がらせであることがのちのち作中で語られるんだけど、だからといって石を上から落とすなんて危ないだろう。頭の上に落ちたらどうするんだ。


 私は彼女たちがいる教室へ向かって走り出した。

 窓を乗り越えてショートカット、廊下を走り、階段を一段飛ばしで駆け上がる。

 さすが十代。体が軽い。

 彼女たちがいるはずの教室へ向かうと扉を開ける。

 驚いたことにまだそこに居て、肩で息をする私を奇異の目で見つめた。


「まあ、さすが田舎の出ですのね。とっても足がお速いですこと」

「おかげさまで、体育の科目でも『優良』をいただいておりますわ。アザリアさまは運動が苦手でいらっしゃるのですね、お気の毒に」

「はあ!? 運動が得意だなんて、淑女が聞いて呆れますわ」

「体が丈夫なのは誇るべきことですわよ。貴族社会では次代を育むことが責務と伺っておりますが?」


 病弱な体では出産も難しかろう。この世界の医療がどれだけ進んでいるかわからないけど、現代ですら出産は命がけなのだから。


「それよりも、これはアザリアさまが落とされたのですか?」


 私は手のひらに欠けた魔石を載せて見せつける。するとアザリアは眉をしかめ、ふんとそっぽを向いた。


「なんですの、それ。そのように地面に落ちている石すら拾ってくるだなんて、卑しいものですわね」

「こちらはアザリアさまのご実家が扱っていらっしゃる魔石ではありませんこと?」

「魔石なんて、どれも同じではありませんか」

「いいえ、違います。ペリエ伯爵家の魔石は加工が丁寧で、ケレン味のないことで有名です。こちらの魔石、とても上質なものです」


 業界シェア、ナンバーワンの名は伊達じゃないのだ。

 家柄を盾に取って威張るなら、自社製品のことぐらい把握しておいてほしい。それぐらいの矜持を持て。


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