第42話 変わりゆくもの


 遠乗りと言いつつ王都からさほど離れていない草原で、リアムと馬を駆けさせる。

 草の匂いがさわやかで心地いい。体に受ける風はぬるくて、もう夏が近いと思った。

 馬を小川の傍につないで、大きく伸びをする。

 どこで休もうかと周囲を見渡すと、丘の上に生えている一本の大きな木が目に入った。

 イタズラ心が芽生えて、「あの木のところまで競争よ!」と言うと同時に走り出す。

 でもずるい手はいつまでも通用しない。

 途中でリアムにあっさり抜かれ、彼に遅れること数秒、ようやく“ゴール”にたどり着いた。

 木に手をついてぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返しながら隣を見ると、リアムはけろっとしていた。


「リアムってわりと容赦ないわよね」


「うん」


「相変わらず体力があるわね」


「ローゼリアは相変わらず体力がないな」


「走り込みは続けているのだけど……」


 そう言って、ごろんと草の上に寝転ぶ。

 貴族の娘がするようなことではないけれど、ここにはリアムしかいないから。

 彼も少し距離をあけて隣に寝転んだ。

 ここは風や草の精霊が多くて気持ちいい。

 風の精霊に働きかけると、心地よい風を届けてくれた。


「……昔を思い出すな」


「そうね」


「君と過ごしたあの日々は、本当に幸せだった」


 彼をちらりと見る。

 紫の瞳が木漏れ日を映してきらきらと輝いていて、とてもきれい。


「そういえば。なぜあなたは、急にうちに来なくなったの?」


 今までの彼の様子からして、彼が私を嫌いになったからということはないと思うのだけど。

 リアムはしばらく考え込んだ。


「あ、言いづらいことならいいの」


「いや……。俺が……『ローゼリアをお嫁さんにしたい』と父上に言ったから。だから行けなくなった」


「えっ!?」


 予想外の言葉に、心臓が跳ねる。

 まってまって、落ち着いて。子供の頃の話よ。何を動揺しているのよ……。


「君といるのが楽しくて、君とずっと一緒にいたくて。初恋だったんだと思う」


「……」


「だけど、ルビーノ公爵令嬢と結婚したいと言うのは、アメイシス公爵になりたいと言うのと同義だ。もちろん子供の言うことだから、父上も最初から真に受けたわけじゃない。でも、どれほど言っても俺が諦めようとしないから、君の家に行くことを禁止された」


「そう、だったの……」


 落ち着かない気持ちになって、彼から視線をそらして頭上に広がる枝葉を見つめる。

 子供の頃の話よ、子供の頃の。

 でも、そんなことがあったなんて。


「俺はその頃は後継ぎ候補ですらなかったし、それ以上君に執着して次期公爵になりたいと言い出す前に手を打とうと思ったんだろう。君と会わずにいれば、その幼い恋心もいずれ忘れるだろうと」


「……」


「たしかに、君に会わない間にある程度大人になって、考え方や気持ちも少し変わった」


「そ、そうよね。そういうものだと思うわ」


 ほっとしたような、がっかりしたような。

 そんな複雑な気持ちが芽生えた。


「でも、君に対する感謝の念や、純粋に好きという気持ちを忘れたわけじゃない」


「ありがとう」


 だからずっと協力してくれたのね。

 本当に、感謝してもしきれない。


「そして今は……。今は、君に二度目の恋をしている」


「!」


 驚いて彼を見る。

 私を見つめる優しい瞳と、少し照れたような表情に、動悸が激しくなった。


「急にそんなことを言われても戸惑うよな。ついさっきまでただの幼馴染で友達だったのに。ましてや、俺と再会してからつい最近までアンジェラのことで頭がいっぱいだったろうから」


 彼が半身を起こす。


「別に今答えを求めているわけじゃない。それこそ、公爵になれるかどうかもわからないのに」


「……それは……」


「貴族の結婚は、どうしても色んなものが絡んでくるから。だから、俺も今はただ前を向いて目指すべきところを目指す。でも俺のこの気持ちを、君の頭の片隅にでも置いておいてくれたらうれしい」


「……うん」


 彼が立ち上がり、笑顔で手を差し出してくれる。

 その手をとって、私もまた立ち上がった。


「少し風が出てきた。天気が崩れるかもしれないから、残念だけどそろそろ戻ろう」


「……そうね。水の精霊の気配が近くなってきているから、雨が降るかも」


「じゃあ行こうか」


 彼が少し前を歩く。

 この背中は、いつの間にこんなに広くなったのだろう。

 私たちの体が大人になっていくように、関係性もまた変わってくる。

 気心の知れた幼馴染という居心地のいい関係に甘えるのは、そろそろ終わりなのかもしれない。


「……あのね、リアム」


「ん?」


「私、恋愛とかよくわからなくて。つい最近まで、アンジェラのことで必死だったし」


「ああ、わかってる」


「それでも、……わ、私も、リアムに惹かれているような気がするの!」


 なぜか大声でそんなことを言ってしまって、恥ずかしくて真っ赤になる。

 振り返った彼は、驚いた顔をしていた。


「本当に?」


「ええ。なんだか曖昧で申し訳ないけど……」


「いや。……すげぇうれしい」


 彼が照れた顔をする。

 その顔に、胸の奥が疼いた。


「ああ、だめだ、うれしすぎてどうにかなりそうだ」


「リアムったら」


「……ごめん、浮かれすぎだよな。でもその。浮かれついでに、手を……つないでもいいか? 馬のところまですぐだけど」

  

「え、ええ、もちろん」


 彼が私の手をそっと握る。

 その手は温かくて、優しくて。

 私のドキドキが、手を通して伝わってしまいそう。


「……ルビーノ公爵家の娘で、同年代一の精霊術師、そして光の星獣の契約者か。あらためて考えると、やっぱりローゼリアはすごいよな。俺が次期公爵になれなかったら、ローゼリアに縁談話が山ほど来るんだろう」


「なぜ急にそんな恐ろしい話を……」


「ああ、俺にとっては本当に恐ろしい話だ。だから、俺は必死で頑張る。ローゼリアを他の男になんて渡したくないから」


 そんなことをさらりと言われ、また心拍数が上がる。

 私を振り返る彼は、今までよりも大人びて見えた。


 馬をつないでいるところまで戻ると、私とリアムの馬はいつの間にか仲良くなったらしく、お互いの首の付け根あたりに口をつけてスキンシップしていた。

 あまりに仲が良さそうな様子にどうしたものかと眺めていると、「馬に負けた気分」とリアムがぼそりと言ったので、声をあげて笑ってしまった。

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【書籍化】回帰令嬢ローゼリアの楽しい復讐計画 ~拝啓、私の元親友。こまめに悔しがらせつつ、あなたの悪行を暴いてみせます~ 星名こころ @kokorohoshina

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