第41話 旅立つ日


 アンジェラが北へと旅立つ日。

 最後に話がしたいとの伝言を受け、少し迷ったけれど、私は彼女に会いに行くことにした。

 アンジェラが入る修道院は、一定以上の教育を受けていて、なおかつ問題を起こした女性が行き着く場所。

 それなりに裕福な育ちの人間が多いため寄付金も多く、生活の質はさほど悪くないらしい。

 ただ、監視が厳しく自由はない。逃亡すれば厳罰に処される。


 精霊省の裏門に停まっている粗末な馬車の前に、彼女は立っていた。

 後ろ手に縛られ、簡素な服を着ている。

 その表情には、何も浮かんでいなかった。怒りも悲しみも恨みも。晴れやかにすら見える。

 まさに、憑き物が落ちたという言葉がふさわしい。

 闇の残滓を他人に押しつけていたとはいえ、やっぱり彼女本人にもずっと悪影響は出ていたのかもしれない。


「私に話って何かしら、アンジェラ」


「……弟のことだけはお礼を言っておきたくて」


「それはお父様の判断よ。私にお礼を言う必要はないわ」


 アンジェラが、しばし黙り込む。


「私はすべてを失ったわ。闇の星獣が離れたときに魔力もすべて持っていかれたから、もう精霊術も使えない。貴族の身分も失って、学園の生徒たちもいずれ私を忘れていくわ」


「そうね。きっとそうなるでしょうね」


「……っ、やっぱりあなたなんて嫌いよ。なぜ私がすべて失って、あなたは何もかもを手にしているのよ」


 話があちこち散らかっている。

 気持ちの整理がついていないんだな、と思った。

 修道院に行くことが嫌だというよりも、私に対する感情を処理しきれていない。

 それに付き合う義理もないのだけど、この際だからはっきりしておいたほうがいいわね。


「なぜって、あなたがその道を選んだからよ。あなたは私が恵まれている、なんでも手に入れていると言う。家族や精霊術についてはそれは否定できないわ。でもあなたは私より優れたものもたくさん持っていた。私なら、たとえ闇の卵の力があったとしても、あなたのように人気者にはなれなかったわ」


 アンジェラがうつむいて唇をかむ。


「あなたには幸せになれる道があったし、その能力もあった。それを捨てたのはあなたよ」


 そう言うと、アンジェラが見事なぐぬぬ顔を見せた。

 いっそこの顔が愛おしくなってきたわ。


「私が……修道院に行ってみじめに暮らすなんて思わないで。幸せになれる道を捨てた? そんなの勝手に決めつけないでよ」


「強がっちゃって」


「うるさいわね! 私はどこでだってうまくやっていけるし、どこでだって輝ける!」


「ふふ、そうでしょうね。それでこそあなたよ」


 ぐぬぬ顔のまま、彼女がぼろぼろと涙を流す。

 子供のように。


「……っ、あなたなんて大嫌い!」


「奇遇ね、私も大嫌いよ。大嫌いな私に助けられた命なんだから、残りの人生は大切に生きなさいよね」


「ふざけないでよ、偉そうに! もうあなたとなんて話していたくないわ! さよなら!」


「ええ、元気でアンジェラ」


 彼女が背を向けて馬車に近づくと、精霊省所属の騎士が扉を開けた。

 乗り込もうとする足が止まる。


「……っ、……。ごめん……なさい……」


 蚊の鳴くような小さな声でそう言って、彼女は馬車に乗り込んだ。

 扉が閉められ、馬車がゆっくりと走り出す。

 それが道の向こうに完全に消えるまで、私はずっと見ていた。


 もしかして、謝罪するために私を呼び出したの? その割には憎まれ口ばかり叩いていたけれど。

 最後に謝るだなんて、ずるいったらないわ。

 いっそ最後まで憎らしいだけの人でいてくれたらよかったのに。


「復讐完了だな」


 背後からそう声を掛けられ、振り向く。

 いつの間にか、リアムがそこに立っていた。


「そうね。そう言っていいのか自信はないけれど」


 復讐が終わったというよりは、ひとつの決着がついたという気分。


「すっきりしたか?」


 そう言われて、少し考え込む。


「すっきりはしないわね。重いものを背負った気分よ」


「じゃあ後悔してる?」


「いいえ、少しも。何もせずにいたら、また死んだり私が修道院に行く羽目になったかもしれないもの」


「そうだな。罰はこれでよかったのか? 君の証言次第で、厳罰も望めたと思うが」


「そうね。でも彼女が私にそう望んだように、彼女には表舞台から消えてもらった。彼女の悪事も明らかになった。当初の予定通りよ」


「そうか。なら俺もこれ以上は何も言わない」


 彼はあえて色々質問してくれたのだと思う。 

 私がそれに答えることで、自分の中の考えを整理することができるように。

 やっぱり優しい人だな、と思った。


「あ、そういえば。決着がついたら、願いを聞いてほしいと言っていたわね」


「決着がついてさっそく聞かれるとは思わなかった」


 リアムが笑いを含んだ声で言う。


「そうね。それで、どんなことなの?」


「一緒に出かけてほしいと言おうと思っていた」


 私は首をかしげた。


「別に決着がついてからじゃなくても、言ってくれればいつでも一緒に行ったのに」


「何も心配事がない状態でローゼリアと出かけて、普段とは違うことをしてみたかったんだ。君は何がしたい? 街でも遠乗りでもピクニックでも、ローゼリアが好きなことを一緒にしたい」


「うーんそうねぇ……じゃあ遠乗りとピクニック!」


 乗馬は好きだし、いい気晴らしになりそう。

 リアムが優しい微笑を浮かべた。


「じゃあ、週末に行こう」


「そうね。楽しみにしているわ」


「ああ。俺も楽しみだよ。じゃあ、また学園で」


「ええ」


 リアムとはそこで別れて、馬車に乗り込む。

 馬車が動き出してから、首をかしげた。

 幼い頃の感じで何も考えずに承諾したけれど。

 もしかしてこれは……デート?

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