7・愛しのローザリンデ
コトリと、小瓶を王の執務机の上に置いた。
挙式翌日。言い換えれば、初夜翌日。そんな日に仕事をぶちこんできた幼馴染の親友は、素晴らしい笑顔を俺に向けた。
「効果抜群だっただろ?」
こいつはそれを聞きたいがためだけに、俺を出仕させたのだ。まあ、構わないが。表向きは王命による無茶な結婚なのだから。
「いいや、全然」と正直に答える。
「そんなはずはない。ヨゼフィーネには抜群に効く」
「それ、そいつの効果じゃないんだろ。だいたい怪しげな商人から買った、眉唾ものの品じゃないか」
えええ、と悲しげな声を出しながら、国王は小瓶を手に取り、光に透かした。
中身は催淫剤だという。この香りをかぐと、大変にイヤラシイ気分になって閨での行為が盛り上がるとか。
まあ、最終的にはそうなったが、どう考えてもオイルの効果じゃない。俺の努力の賜物だ。
レイルズは小瓶を引き出しにしまった。
「それなら昨晩はどうした。ローザリンデに逃げられなかったか?」
オイルを貸してくれたのは、親友なりに俺を案じてのことだった。カーマンの俺をローザリンデは徹底的に嫌っているから、初夜は失敗するかもしれない、と。
俺はそんなマヌケじゃないが、せっかくだからありがたく借りて、寝室にしっかりと焚いた。
「うまくいったさ。ただあのアホは、お前が俺にそれを渡すのを見ていたみたいで、俺が国王の指示で惚れ薬をのんでいると勘違いしていた」
ぷっと吹き出すレイルズ。
「ご愁傷さま。ディートリヒが重すぎる愛で自分に夢中だと気づいたら、びっくりするだろうね」
「すぐに思い知るさ」
「重いなあ」
レイルズが笑って肩をすくめる。
「俺は何年も堪えたんだ。これ以上は待てない。一刻も早く、彼女に愛されたいんだよ」
形と体さえ手に入れば、もっと待てると思っていたのだが。自分でも驚くほど余裕がない。ローザリンデの心がほしい。彼女に『ディートリヒが好き』と言われたい。
そのためならば、どんな手段でも講じるさ。
◇◇
ローザリンデの手を引いて、手近な部屋に入った。このアホは、わざわざ惚れ薬の抗議をしにレイルズのもとに来た。そんなにも、俺とのなにもかもが気に入らないのか。カーマンという名さえなければ、めちゃくちゃにいい結婚相手のはずだぞ。
泣きそうな気持ちで問い詰めた俺に、ローザリンデは申し訳なさそうに、
「あなたは好きな方がいるのでしょう?」と言った。
どうやら彼女の今までの言動は、
ローザリンデらしいといえばそれまでだが。俺が恋しているのが自分だと、少しは気づけ。昨晩は散々好きだ、愛していると伝えたじゃないか。
俺の渾身の告白を本気にしなかったなんて、腹が立つ。それならばもっともっと、愛してやる。
想いをこめてゆっくりとキスをする。どれほど俺がローザリンデを好きか、今度こそわからせてやる。
長い口づけのあと、もう勘違いができないようじっくりと好きだと告げた。
彼女の表情が変わる。困ったような、驚いたような、そんな顔だ。ようやく俺の言葉が、演技でも薬の効果でもなく、嘘偽りないのないものだとわかったらしい。
ようやく、スタートラインにたどり着いた。
「覚悟をしろよ。結婚にこぎつけた以上、俺は絶対にローザリンデを手放さない。早く俺に惚れるといい」
そう言うと、真っ赤になったローザリンデは戸惑いぎみに瞳を揺らしたあと、小さな声で『はい』と答えた。
これはもう、ほぼ落ちたんじゃないか?
もう一度キスをしようと顔を近づける。ローザリンデはギュッと目をつむり、棒立ちのままだ。
「ローザリンデ」と彼女の耳にささやく。「手は俺の背中にまわせ。それがマナーだ」
ビクリとした彼女は、おずおずとしながらも従った。
信じたのだか、思考がいっぱいいっぱいで拒否できることを忘れているのか。どちらなのかはわからないが、アホ可愛いすぎる。
これならすぐに俺の願いは叶いそうだ。
早く俺を愛せよ、ローザリンデ。
《おしまい》
王命で敵対する公爵家の令息と結婚させられたのだけど……。あなた、無事に初夜を迎えられるようにって、惚れ薬を飲まされたの? 新 星緒 @nbtv
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