ブラッティ・マリーに乾杯

桐丘小冬

ブラッティ・マリーに乾杯



ハロウィンの夜。


イベントが多い繁華街やテーマパークでは怪物やお姫様など、色々なコスプレをして楽しんでいるのだろう。


もちろん私も楽しんでいる。


ただし、そこは煌びやかな繁華街でも、子供達の夢の国でもない。


闇に包まれた狭い部屋。

照明はつけてない。

外の月の光が暗闇を照らしていた。


静寂の中、私は床に寝ている女の上に乗っかかり、血塗れになったナイフを握っている。


女は私を見ている。

目を大きく見開き、目尻には涙が流れている。

口にはタオルを詰め込んでいるから大声は出せない。

ナイフで切り刻む度に苦痛な呻き声。



…これでも慎重にやってるんだけどなぁ。


やっぱり市販の鎮痛剤を大量に飲ませただけじゃダメだったか。


でも、これも医者になる勉強のため!

つまりは、



「ふ~ん…胸はやっぱり脂肪しかないんだね」


「あっ、ここが私が生まれた場所なんだね」



白目を向けて黙ったまま何もしゃべらない…。



…いつもは怒鳴り散らして殴るくせに。


さっきだって『テストで98点しか取れてないじゃないっ!』『何であと2点取れないの!?』『こんなんで医者になれると思ってるの!?』って鬼の形相で殴ってきて、散々怒鳴り散らしたあと、


真理まりっ、これは、あたなのためなのっ!』


「………」



お母さんは、自分が医者になれなかったから、その夢を私に託した。


小さい頃から勉強漬けの毎日。


食事や睡眠はもちろん、お風呂やトイレもお母さんの許可がないと使えなかった。


当然、友達と遊ぶのも禁止。


おこづかいもは一応もらえたけど、雑誌やマンガは買ってもすぐに見つかって処分される。


もし、お母さんの機嫌を少しでも損ねた時は、三時間正座させられて反省文を書かされるか、最悪、一日ご飯抜きにされていた。


でもお母さんの望み通りになると、お母さんは機嫌が良くなって笑って褒めてくれる。


お菓子買ってくれたり服買ってくれたり…っ。


学年トップになった時は、美味しいお店に連れてってくれた。


今回の生物のテストで2点取れなかった。


お母さんはちゃんと復習しなさいっ!って怒鳴ってきたから…



だから、


手は血で汚れちゃったけど、おかげで臓器の色や位置がリアルにわかったよ。


何より、すごく楽しかったっ!


今まで、私が医者なんて無理!って思ってたけど、解体したら自信ついちゃった!



お母さん、ありがとう。

こんなに楽しい勉強は初めてだったよ!

お母さんの頑張りを無駄にしないために、今度こそ100点取って医者になるね!


血塗れになった真理はナイフを床に置き、解体した母親の手を握る。


月明かりに照らされた真理の表情は、心から楽しそうに笑っていた。





―――数年後、真理は女医になった。


患者の病室には、いつも庭で育てたお花を飾り患者達に喜ばれている。


そして真理の花を飾ると手術は成功し無事退院できるという、病院内ではちょっとしたジンクスがあった。



お母さんは『人の命を救う事はとても名誉な事なのよ!』…と、いつも言っていた。


よかったね、お母さん。

医者にはなれなかったけど、人の命を救えて…。



真理は母親が眠る庭に向かい微笑んでいた。






                ― fin ―

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ブラッティ・マリーに乾杯 桐丘小冬 @kiyuu5555

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