顔がキモいという理由でギルドをクビになった 後編
「おいおいギルド長、マーティンは今までギルドのために頑張ってくれてたじゃないか!? こいつをクビにするなんて正気か!?」
「マーティン殿ほどの実力者をクビにするのはこのギルドにとっても損だと思うが…」
その場にいたシャルルとクリンがギルド長に抗議した。男性陣との関係は良好だった。
男性陣はマーティンのデカ鼻をからかう事はあっても、伝承の事など気にしていない者が大半である。
男性陣にとって重要なのはくだらない伝承や容姿よりも実力だからだ。
「確かに、マーティンさんは今までこのギルドのために尽くしてくれました。それにこのギルド…いや、この町でも上位の実力を持つ冒険者である事は私も認めています」
「だったら!」
「ですが彼の存在が多くの女性組合員の恐怖・嫌悪の対象になっているのもまた事実です。あなたもすでにお気づきだと思いますが…あなたがいると女性組合員たちが本来の実力を出せないのですよ」
ギルド長は同じテーブルに座っているシルファの方に顔を向けた。一同の目が彼女を向く。シルファは一瞬ビクリと肩を震わせたが、小さな口を開いて少しずつ喋り始めた。
「す、すいません。マーティンさんは良い方…だと思います。実力もあると思います。助けて貰った事もありますし、感謝しています。でも…ごめんなさい! あなたがいると気持ち悪くて、怖くて、手が震えて…まともに戦えないんです。生理的に無理なんです!」
シルファは声を絞り出してそう言うとその場で大粒の涙を流して泣き始めた。見かねたギルド長が彼女の肩を抱いて慰める。
「よしよし、頑張ったわね」
「…ひっぐ、ひっぐ」
涙を流して泣くシルファの姿を見て、マーティンはなんともいたたまれない気持ちになった。
女性陣に認めてもらおうと今まで必死にやって来た。
女性があまり受けたがらない依頼を積極的に引き受けたり、困っている女性ギルドメンバーがいると率先して助けた。彼女らを楽しませようと小粋なジョークを学んだり、失礼にならないよう身だしなみには常に気を付けていた。
こうする事でいつかは女性たちも自分を認めてくれると思っていた。
でもそれは結局、全部自分の独りよがりだったのだ。
自分の独りよがりのせいでシルファ始め、女性組合員たちを苦しめてしまった事に彼は心を痛め、自己嫌悪した。
それと同時に彼女の「生理的に無理なんです!」という言葉が彼の心に強烈に響いた。
女性は「生理的に無理な存在に絶対に心を開く事はない」という事を彼は知人から聞いて知っていた。シルファの中にある本能が、マーティンの存在そのものを拒否しているのだ。
やはり自分が女性から存在を認めてもらうのは最初から無理な話だったのかもしれない。彼はそれを理解し、受け入れる事にした。
「…これで分かったでしょうマーティンさん。あなたはそこに存在しているだけで女性を苦しめているのですよ。これはシルファさんだけではなく、女性ギルドメンバー全員の総意です」
「おい、そんな言い方ないだろ! ギルド長、あんたは女性の肩を持ちすぎじゃないか? それを言われたマーティンの気持ちも考えろよ。それにマーティンが抜けた穴はどうするんだ? ギルドにとっちゃエースが1人いなくなるようなもんだぞ!」
シャルルが引き続きギルド長に抗議した。
「私はマーティンさん1人がいなくなったとしても、ギルドの質が落ちるとは思っていません。マーティンさんがいなくなる事で今まで押さえられていた女性陣が本来の力を発揮できるようになるからです。むしろ総合的に質は上がると考えています」
ギルド長はため息を一つ吐いて言葉を続ける。
「…私だって本当はこんな事は言いたくありません。でもギルド長として時には苦渋の決断をしなければならない時もあるのです。マーティンさん1人と他の女性ギルドメンバー全員を天秤にかけた結果、マーティンさん1人を切る選択をしたというだけの話です」
『テールウィンド』には現在30名ほどの冒険者が所属しており、その男女比率は5:5ぐらいである。彼女はマーティン1人のために所属している冒険者の半数が本来の力を出せていない状況を憂いたのだろう。経営者としては妥当な判断だ。
「ふさけ…」
「分かりました。ギルドを辞めます」
「マーティン!?」「マーティン殿!?」
マーティンは尚も抗議を続けるシャルルを止め、ギルド長にそう伝えた。
シャルルとクリンが驚いた顔でマーティンを見つめ、反対にギルド長とシルファがホッとしたような表情になった。
「おい、考え直せマーティン! お前がギルドを辞めなきゃならない理由なんてどこにもないじゃないか!」
「マーティン殿!」
マーティンは2人を笑顔で諫めるとギルド長の方を向いた。
「実はそろそろこのギルドを辞めて、なにか別の仕事をしようと考えていた所です。だからこの話は渡りに船だ」
嘘だった。
本当は自分を育ててくれた恩のあるこのギルドに骨をうずめる覚悟であった。でも仕方がない。自分の存在がギルドの損失になっているのなら、辞めた方がギルドのためだろうとマーティンは考えたのだ。
嘘をついたのは話をスムーズに進めるためである。素直に「ギルドのために辞めます」と言えば、話がこんがらがる事が容易に想像できた。
だから彼は「前々からギルドを辞めたがっていた」と嘘をついたのだ。
「マーティン殿がそのつもりなら、
「………」
クリンはマーティンの言葉を受け入れたようだが、シャルルは納得していない表情をしていた。彼とは付き合いが長いので、もしかすると嘘に気づかれているのかもしれないとマーティンは思った。
「私からギルドを辞めてくれとは言いましたが、その功績は評価しています。今までギルドのために尽くしてくれた功績を鑑み、通常の倍の退職金と次の職につきやすいように紹介状を書きましょう。今までありがとうございました。…あなたの顔がその気持ちの悪い顔でなかったらどれだけよかったか」
これは仕方のない話だ。
ギルド長は経営者として当然の決断をしたまでの事。今回の話で誰も悪者はいないのだ。
…しいていうのなら、マーティンの顔がこの呪われた顔なのが悪いだけだ。
こうしてマーティンはギルドをクビになり、無職になった。
◇◇◇
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顔がキモいという理由でギルドをクビになりました 栗坊 @aiueoabcde
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